夜ふけのなわとび 第1815回 林 真理子 2023/10/27
美女について
出版社ではないところに勤めている、ふつうのサラリーマン3人と、西麻布のワインバーに行った。
ここは夜遅くまでやっているうえに、カレーやおそばというメニューも多く、値段もリーズナブル。しかも重要なことは、奥に個室があるのだ。
入っていくと、まだ早い時間なのでお客は少なく、カウンターの奥に2人の美女が座っている。
「マリコさんが来るっていうので待ってたのよ」
一人は私のよく知っているテレビプロデューサー、もう一人は超人気女優のA子さんである。彼女とは対談でお会いしたぐらいであるが、お酒が入っていらしたこともあり、とてもフレンドリー。
「マリコさん、またねー」
と名前で呼んでくださり、私は皆に面目をほどこした。
振り返ると3人はぽかんと口を開けたまま。女優が帰るやいなや、次々に叫ぶ。
「すっげえ綺麗」
「テレビで見るより顔小さい」
「脚長い。背高い。すごい」
そして次に彼らがしたことは、奥さんにメールすることであった。
「今、西麻布のバーで、女優のA子と飲んでる」
とかなり虚偽の自慢を。私は呆れながらもとても嬉しかった。
女優さんというのは、そこにいるだけでこれほど人を幸福にするのだ。彼らにささやかな幸せを味わってもらっただけで、本当によかった、よかった、と思う私である。
若い時、人のうちで元モデルの美人女優さんと呑んだことがある。夏のこととて、彼女は素足であったが、足の裏までやわらかくピンク色で、あれには本当にびっくりした。
「美人というのは、隅々まで美しくつくられている」
きっと神さまが注意深くおつくりになったのであろう。
こうした美人の話の後で、私のことを言うのはナンであるが、デタラメだらけのヤフコメの中にこんなのがあった。
「この人は、若い時から整形で顔をいじくりまわして」
なにか勘違いしているようであるが、そう悪い気分ではない。そうかー、そんな風に見られていたのか。
低周波をはじめとする、いろいろなエステをやってきたのを言っているのかもしれない。
とは言うものの、私もそろそろ決断をしなくてはならない時がきた。私のまわりの女性たちが、中年から高年になりいじり出したのである。
「マリコさん、私、内緒だけど〇〇〇したのよ」
「へえー、そうなんだ」
「でもね、すごくうまい先生にやってもらったから、自然でわからないでしょう」
「わからない、わからない」
すごくわかる。目が不自然にぱっちりしている。ああいうのだけはやめようと思っていたのであるが、先週のこと、眼科医へ行った。右目の奥が痛み始めたからである。視力検査の結果、悪いのは右目でなく、左目ということがわかった。
「右目だけで無理して見ようとしているからものすごい負担がかかっているんですよ」
「その右目ですが、この1ケ月で急に瞼がかぶさってきたんです」
「眼瞼下垂(がんけんかすい)ですね。紹介状書きますから、そこで手術してもらうといいですよ」
ふーむ。そこで悩みが。アイメイクでごまかせそうな気がするが、手術か、イヤだなあ。私の友人は、やはり眼瞼下垂になり病院に行ったところ、
「保険なら3万、整形手術ということなら100万」
と言われ、どう違うのですか、と質問したところ、
「丁寧にやるかやらないかの差」
と言われ、3万円コースにしたそうである。
彼女に会う時についジロジロ見てしまうが、眼鏡をかけているせいか、とても自然でいい感じである。私も3万円コースにしようか、どうしようかと考える今日この頃である。 マリリン・モンローの記憶
ところでまた、女優の話に戻るが、昨夜の『映像の世紀バタフライエフェクト』は、「運命の恋人たち」というテーマであった。かなり長い時間をさいてマリリン・モンローのことをやっていた。その映像に確かな記憶があった。
モンローが亡くなったのは1962年だから私が8歳の時である。学校行事で、町の映画館に皆で映画鑑賞に出かけたのだ。その時ニュース映画で流れたのが、モンローの死亡である。アーサー・ミラーと結婚した時のキスシーンが流れ、昔の田舎の小学生たちはどよめいた。そんなのを堂々と見たのは初めてだったからである。
今回あらためて見ると、モンローの美しさ、愛らしさがつくづくわかる。そしてアーサー・ミラーがかなりのイケメンであることも。婚約した時、モンローは仔犬のようにまとわりついている。しなだれかかり、首に手をまわし、かた時も離れたくないという風。照れながらも嬉しそうなアーサー・ミラー。
当時は最高の知性と最高の美貌との結婚、とか言われたらしい。こういうインテリの男性が、美女にコロッといく例を私たちはよく見聞きしている。そこに多少の自負心はないのかよーと言いたくなるくらいだ。
私の友人で、根っからの女好きがいるが、彼がこう言ったことがある。
「若くて美しい女を欲しがる男を見ていると、何の美意識も知性もないと思うね。本当に恥ずかしいことだと気づかないのかな」
私もそうだ、そうだ、と賛成したのであるが、私が言ったところで何の説得力もないことがわかる。
時々私は妄想する。若かったら、うんとダイエットして、整形ばっちりして美人の人生というのを一度味わいたかったなぁ。そこにはどんな世界が拡がっていたのだろうか。私の見たことのない場所が見えるかも。
あのワインバーの女優のように、すれ違っただけで人に幸福を与えられる人。そういう人にもなりたかった。その前に目のたるみを直さないと。美女の妄想ももう無理かな。