夜ふけのなわとび 第1811回 林 真理子 2023/09/22

政治家になる

  第2次岸田再改造(さいかいぞう)内閣の顔ぶれが決まった。

 恒例の写真を撮る際、あれーっと思った人は多いに違いない。前回は古い方の官邸の、歴史ある階段を使っていた。が、今度は新しい官邸の階段だ。前の方が重みがあってよかったと思うが、プライベートの写真が流れたことで、すっかり因縁の場所になってしまった。

 今回のリストを見ていて、気づいたことがある。海外の大学や院を出ている人が結構いる。

 外務大臣になられた上川陽子(うえがわ ようこ)さんが、ハーバード大学大学院というのはなるほどという感じ。その他にも、環境大臣のハーバード大学大学院、デジタル大臣のジョージタウン大学、こども政策大臣のコロンビア大学大学院という、きらびやかな学歴。高卒の方はいない。

 私の若い頃は、大学に入ったことのない叩き上げの大臣がいらしたものだが、今はそういう人が政治家になりづらい時代だ。かなり残念だ。

 女性が5人いる。若い女性の大臣もいてぐっと華やかになった。

 入閣の電話を待っている様子が、テレビに映し出されている。もう何時にかかってくるか決まっているのだろう。

 直木賞受賞の知らせを待っている時を思い出した。

「一緒にするな」

 と言われそうであるが、皆に囲まれ、カメラに撮られながら受話器をとるシーンはよく似ている。直木賞受賞は前から決まっているわけではないが、選考委員の動向を編集者がリサーチしてくれていた。

「今年は大丈夫そうだ」

 ということになると、次第に取材陣も増えていった。

 ずっと以前、選挙をテーマに小説を書いていた時、投票日の選挙事務所の様子を聞いたことがある。それによると、落選しそうな候補者の事務所からは次第に人が消えていくそうだ。特に大手新聞の記者の姿が見えなくなると、

「もうダメだ」

 と観念するという。

 反対に当選しそうな候補者のところには人がじわじわと増えていく。一緒に万歳をしたいからであろう。

 そんな風にして当選しても、政治家の人はいろいろと大変そう。なにかあればすぐに叩かれる。岸田さんちのプライベート写真もそうであるが、ふつうの家族ならどうということもないことでも、

「公人(こぷじん)とその家族」

 ということで、バッシングにあう。

 私は政治家になりたい、と思ったことは一度もない。あんなめに遭うのはまっぴらだと思う。が、今自分が似たようなめに遭ってみると、つくづく政治家というのはすごい人たちだと実感した……。

 というようなことを、友人の女性政治家にメールしたら、

「私なんか、もうこういうことを30年やってるんだよ」

 と返ってきた。

 が、私は彼女やその友人を見ていると、政治家ってちょっと楽しいかも、と思う時がある。同期だと「ちゃん」とか「君」とか呼び合ってとても仲よし。みんなでお酒を飲んだり、旅行に行ったりする。いろんな勉強会は多いし、私の友人の場合は読書会をしているそうだ。

 もちろん暗部だってあるだろう。かなり前のことになるが、知り合いの男性が、参議院議員に当選した。そうしたら毎日が「謀略の日々」で、毎晩集まってはいろんな企み(たくらみ)をする。それがたまらなく興奮の日々だったそうだ。今でも、

「あの時は楽しかったなあ」

 と口にする。

怒れる老人よ集まれ

 こうして国会議員の方々は、とても充実した日々をおくっているようであるが、反対に今、問題になっているのは地方議員のなり手が少ないことだ。町会議員(ちょうかいぎいん)、村会議員の立候補者数が、定員までいかない町村も多々(たた)あるという。最近では全国の町村で、3割を超える議員が無投票で当選したという。これはすごいことではないだろうか。

 昨日のこと、うちの夫がぽつりと言った。

「区議会議員に立候補しようかな……」

 働きたいし、人の役に立つこともしたいんだそうだ。

「あーら、いいじゃない」

 と私。

「“怒り老人党”っていうのをつくれば、結構票が集まるかも」

 今朝もえらい剣幕で怒っていた。昨日は月曜日で新聞休刊日であった。そうすると今日の朝刊にはおとといの内容が載ることがある。ラグビーW杯チリ戦の様子がでかでかと出ていた。

「2日前のことをこんなに大きく載せてふざけるな。今から新聞社に電話してやろうかな」

 駅前まで歩けば、工事の車が道半分をふさいでいる。

「こんな権利ないだろう。ちゃんと許可とってるのか」

 と怒鳴る。

「こんな物価高なのに、年金からこんなに税金とって許せない」

 怒りの矛先は政府に。

「そうだよ、こんだけ老人人口増えてるんだから、老人の利益を代表しなよ。区議会議員なんて言わないでさ、もう国政に参加したらどう。シルバー・デモクラシー、怒れる老人たち集まれって呼びかければ、当選するかもね。私も一回ぐらいは、応援に行ったるわ。そうだよ、やってみなよ」

 などと私が冗談でけしかけたので、すっかりその気をなくしてしまったようだ。政治家の妻というのも面白そうだったのに残念である。

 そういえば、あの木原さんが大臣に、と思ったが、同姓の違う方でした。