初心者(しょしんじゃ)
夜ふけのなわとび 第1777回 林 真理子 2023/01/12
あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
さて、このエッセイを長年ご愛読いただいている方ならご存知だと思うが、私は正月に関しては超保守派である。
独身の頃は必ず帰省し、氏神さまに(うじがみさま)初詣(はつもうで)でに出かけた。結婚してからはおせちをつくり(買い)、雑煮(ぞうに)は夫のルーツの地方の味。
大晦日はもちろん紅白(こうはく)を見る。子どもと激しく争っても見続けた。他の局に浮気したことがない。
ところが最近私のまわりで、紅白を見ない人が急に増えた。
「知らない人ばっかりなんだもの」
というのがその理由である。友人のひとりは、
「五木ひろし(いつき ひろし)が出ない紅白なんて」
と憤り(いきどおり)、昨年から“年忘れ(としわすれ)”なんとかにしているそうだ。
「やっぱり演歌はいいわよ。そこへいくと紅白なんて、聞いたこともないような歌手ばっかり。NHKって、年寄りをもう見限っているんじゃないの」
そうかなあ、今年の紅白はとても面白かったと思うけれど。
「これがKing Gnuか、これがback numberか……」
といろいろ教えてもらった。
「SEKAI NO OWARI」の「Habit」のダンスシーンは圧巻だったし、ついこのあいだまで知らなかった、「Vaundy」のすごさにびっくり。
彼はこれ以外にも、「milet」、「Aimer」、幾田りら(いくた りら)ちゃんらをプロデュースして4人で歌った。このコラボシーンが本当に素晴らしくて、何回も再生して見た。若い才能が呼応し合い(こおうしあい)、昂り(たかぶる)、ものすごいエネルギーを生み出しているのがわかる。
別に若ぶって言っているわけではない。しかし言いたい。
「年寄りこそ紅白を見よう」
確かに似たようなグループが多く、ちょっと飽きる時もある。しかし見る。これが現代だ、これが若いエンターテイメントだということを知る、1年に一度の大切な機会である。
ユーミンを見てほしい。あれだけの大御所(だいごしょ)でありながら、今回はAIによる荒井由実(あらい ゆみ、松任谷 由実(まつとうや ゆみ)の旧姓)とのコラボ(コラボレーションの略。 →コラボレーション)という挑戦をしているのだ。
加山雄三(かやま ゆうぞう)さんも最後のステージに立ったし、桑田佳祐(くわた けいすけ)さん、佐野元春(さの もとはる)さんらレジェンドたちがたっぷりと歌声を聞かせてくれた。
私らはNHK受信料をちゃんと払い続けているんだし、年に1度のこの大イベント、たっぷり楽しまなければ損だと思うのであるが。
ところで、昨年の暮れのこと、ふと思った。
「ウエノ先生に会いたいなあ……」
先生は高校3年間私の担任であった。本当に可愛がっていただき、卒業後もいろいろとお世話になった。しかしこの数年お会いしていない。
先生は確かもう90を過ぎているはず。そうなると気が急いて同級生のフジハラ君に電話した。
「お正月に機会をつくってくれない」
「先生とはこのあいだ、山梨でゴルフを一緒にしたばっかりだから話しとく(しとく comes from しておく)よ」
まだふつうにゴルフをされているという。彼はすぐに連絡をつけてくれ、
「正月3日なら空いてるって。他にも誰か呼んどくよ」
ということで、6人のミニ同級会となった。
朝の9時半に、フジハラ君が車で迎えに来てくれた。下りの中央高速はわりとすいすいといく。
「今だから言うけんど」
途中の小さなサービスエリアで降り、2人で富士山(ふじさん)を眺める。真白い雪をいただいた神々しい(かみがみしい)富士山。
「今年はオレたちもいよいよ古希だよなー」
「私はひとつ下だよ……学年は一緒だけど」
悪あがきする私。
「だけどさ、オレたち、いい時に生まれたよなー。そう思わない?」
「確かにね」
「オレなんかさー、バブルが始まる頃に商社入ってさ、いろんなとこ行ってさー。楽しかったよなー。こんなど田舎に生まれたオレたちがさ、世界見たよね」
「そう、そう。私も世界中いろんなところに行ったよ。フジハラ君がベルギーに赴任してた時も、サナエちゃんと一緒に行って泊めてもらったよね」
2人でしばらく思い出話にひたる。
「この日本の国力の下がりようを見ろよ。もう信じられないような国になってるじゃないか」
「本当にそうだよね。だけどね、私はまだチャンスはあると思ってるんだ。このままでは終わらないよ。きっと何かがある」
ということで、2人で甲斐国一宮(かいのくにいちのみや)の神社へ詣でる(もう出る)ことにした。おかげで会場のお鮨屋さんに10分遅刻。ウエノ先生をお待たせしてしまった。
ウエノ先生は70代から時間が止まったようだ。背筋はぴしっと伸びて、顔も昔のまま。月に3、4回はゴルフをされるそうだ。
頭も言葉も全くクリアである。さすがラグビーの名監督だけある。それにひきかえ、私の同級生たちはすっかりおジイさんになっていた。
1人調子にのって酒を飲み続け、
「もうやめとけ。おまんはちっとも変わってないな」
と先生に叱られていた。
先生が言うには、不出来な(ふできな、unsuccessful )生徒ほど、よく憶えていて可愛いそうである。まさに私たちのクラスがそう。
「今だから言うけんど」
と前置きして、
「クラス替えの時、他の先生から、何とかしてくりょう、というのを全部オレが引き受けた」
そうである(女子は少数だから別)。
何人かは家出したりして、本当に迷惑をかけたはず。そんな話をして笑いころげた。同級会が楽しいのはジジババ(祖父祖母・爺婆)の証拠だろう。が、臨機応変、Vaundyに心震わせることも出来る。だって私たちまだ老人初心者(ろうじんしょしんしゃ)。
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としわすれ 【年忘れ】
- a year-end party. (⇨忘年会)
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わるあがき 【悪あがき】 悪あがきをする 動詞
- 【むだな努力をする】struggle ineffectively ⦅against⦆; make* useless efforts 〘to do〙 ; 【むだな抵抗をする】offer [put* up] useless resistance ⦅to⦆.