新聞不信 「週刊文春」編集部 2023/07/06

プリゴジンが突き付けたこと

 ロシアの民間軍事会社「ワグネル」の創設者であるプリゴジン氏の乱は、朝刊の締め切りが終わってから事態が動くことがあった。このため朝、手元にある新聞に書かれていることと、テレビのニュース番組が報じている内容が全く異なるという現象が起きた。

 典型的だったのが6月25日付朝刊だ。読売一面トップの見出しは「ワグネル反乱、軍と交戦」。しかしテレビはプリゴジン氏がベラルーシのルカシェンコ大統領と話し合い、占拠した軍管区司令部から移動していると伝えていた。

 新聞はテレビよりも速報性で劣るから仕方がない。代わりに奥深い解説記事で存在感を示せば良いのだが、どうやら解説記事を書くのに必要なファクトが手元にない。

 読売は26日付夕刊で米情報当局がプリゴジンの乱を事前に把握していたと伝えたが、これは複数の米メディアの報道に基づいたもの。毎日は27日付朝刊で反乱収束までの経緯について触れているが、これはロシアの在外・独立系メディア「メドゥーザ」の報道。孫引き(まごひき)のオンパレードなのだ。しかも記事を読む限りは他人任せを恥じる雰囲気が伝わってこない。

 孫引きの解釈を間違えミスリードする記事もあった。消息不明だったプリゴジン氏は日本時間の26日夜にメッセージを公開している。どのメディアもその中身を「謀略によってワグネルは7月1日に消滅しなければならなかったため、(機先を制する形で)武装蜂起した」と報じたが、朝日の27日付朝刊は「『ワグネル 7月1日に消滅』」の見出し。全然意味が違う。

 各紙の報道で目に付くのが「か」「も」の乱用。読売の見出しを拾うとこうだ。「プリゴジン氏 影響力過信か」(25日付朝刊)、「プーチン政権に動揺か」「露、軍用イルカ訓練か」(26日付朝刊)、「米、事前把握か」(26日付夕刊)。朝日はこれ。「『使い捨て』恐れたか」(25日付朝刊)、「軍の士気低下に拍車か」(26日付朝刊)、「ベラルーシ滞在は危険?『殺害の可能性も』」(27日付朝刊)。確信がないことをこれほどむき出しにするとは。

 仮に東アジアで有事があった時、我々はこんな報道を頼りにせざるを得ないのか。プリゴジンの乱は日本のメディアの劣化を露わ(あらわ)にした。