宇垣総裁のマンガ党宣言! 第106回 2023/09/29
ロシアの漫画家が描く独裁国家の恐怖
ロシアによるウクライナ侵攻が開始されて1年半ほどが過ぎた。過去に比べ間違いなく成長したと思っていた世界で、よもやこのような戦争が起こるとは。世界人口の7割がいまや独裁とみなされる強権国家に住むという。戦争やコロナ禍を経験し、平和な日常、民主主義、信じていた当たり前が揺さぶられ続ける世界の中で、それでも奪われてはならないものとはいったい何なのか? その答えのヒントみたいなものが、架空の独裁国家を舞台に「自由」の意義を問う“アンチ独裁”グラフィック・ノベル『サバキスタン』の中に見えてくる。
- サバキスタン(ロシア語で犬の意味である「サバーカ」とペルシャ語で国を表す「スタン」を掛け合わせた造語)
長らく(ながらく)国境(こっきょう)を閉ざしていた謎(なぞ)の独裁国家「サバキスタン」はある日、突如(とつじょ)国境を開放。さらに独裁者「同志相棒(どうしあいぼう)」の葬儀リハーサルに、友好国の首脳や世界各国のジャーナリストたちが招かれた(まねかれた)。20世紀のソ連や北朝鮮、トルクメニスタン( Turkmenistan)などいくつかの国家が組み合わされたような独裁政権下の様子を、工場勤め(こうじょうつとめ)の一般市民や、世界的ジャーナリスト、平和裏(へいわり)に統合されたヴォルク侯国(wolfこうこく)出身の少年、特殊工作員でもある最高司令官、さらには独裁者自身などそれぞれの視点から描く。
タイトルの「サバキスタン」はロシア語で犬の意味である「サバーカ」とペルシャ語で国を表す「スタン」を掛け合わせた造語で、直訳すると「犬の国」。擬人化された犬のキャラクターで表現される国民たちは、とぼけた魅力がありながらも、みなどこか緊張感の拭えない表情をしているところに、独裁政権下のリアルを感じ、ぞっとした。
全編フルカラーで、赤を基調としたコントラストの強い鮮やかな色彩に、シンメトリーの構図が多用され、その古風でどこか懐かしいデザインは、かつて訪れた旧共産圏の国々を彷彿(ほうふつ)とさせる。日本の漫画とは異なる独特なテンポ感とコマ割りで描かれるスリリング(thrilling)なストーリー展開は社会風刺性に溢れていると同時に、サスペンスとしても読ませる。同志相棒専用に設置された黄金の便器はバカバカしく、そんなシュール(surreal )なコミカルさ(comical)も癖になる。
ガラリと雰囲気のかわる第2巻では、新たな政治体制となり自由化されたサバキスタンが舞台となる。主人公は好奇心旺盛な小学生2人組にうつり、彼らはある日見つけた「同志相棒」という古いモチーフの謎を探るべく奔走する。第1巻から30年の時が過ぎているが、その間に何が起きたのかは描かれておらず、その空白は想像で埋めるしかない。表面的には自由で平和なその街のそこここにかつての名残が見受けられ、やはりあの支配的な国と地続きであるとわかるのが恐ろしい。
著者である2人のロシア人漫画家は、ウクライナ侵攻前に本作を描き始め、圧政と戦争が続くロシアから脱出し今は日本で暮らしているという。フィクションを越えていくような現実を前に、強権国家の内側から描かれた作品は、まさに今読むべき生生しいパワーに溢れている。
「なぜ、不幸の中の自由は、幸福の中の不自由よりも良いと、お前たちは考えるのだ?」あるキャラクターのこの台詞は、独裁政治の恐ろしさと同時に、自分たちの生きる世界の危うさをも指摘する。本作は全3巻で構成され、10月には2巻からさらに20年後を描いた最終巻が発売される。サバキスタンはどんな結末をむかえるのだろう? 隣国に、大国に、そして自国の歴史にどこか見覚えのあるこの国の行く末、他人事になどできるはずもない。