宇垣総裁のマンガ党宣言! 第103回 2023/08/11
女性たちの無念が滲み出る台湾ホラー
一人暮らしの女性は夜のコンビニでアイスを買ってはいけないらしい、危険だから。幸せそうに見えたからと電車で刺され、女性の地位向上に関するG7会合では唯一男性の代表が参加、ジェンダーギャップ指数は146カ国中125位であるこの国で女として生きることは、罰ゲームみたいだと時々思うことがある。だから、『守娘(もりむすめ)』の世界で抑圧され息を殺すようにして生きる当時の女性たちの姿がどうしても他人事に思えなくて、余計に目が離せなかった。
杜(ド)家の娘・潔娘(ゲリヨン)は理解ある兄の元、読み書きを習い自分らしくのびのびと育ったが、男の子を産むことばかりに注心する兄嫁や周りから結婚の話ばかりされることに嫌気がさしていた。そんなある日、川辺で見つかった女性の遺体に弔い(とむらい)の儀式を行う女性霊媒師と出会い、弟子になりたいと願うようになる。やがて亡くなった女性について調べるにつれ、潔娘は街で起こっていた女性を巡る事件に巻き込まれていく。
清王朝末期より伝わる台湾三大伝説のひとつ「陳守娘(タンシュウリョン)」を下敷きに描かれた台湾発の怪奇ミステリ。男の子を産むための方法ばかりが豊富で女の子は育てる意味がないとすら言われる時代、子を産む道具のように扱われ、天と地ほど違う男女の立場の違いや婚姻にまつわる風習など、当時の女性たちのリアルはなにからなにまでまるでホラーだ。そんな女性たちの壮絶な生き様が、奥行のあるコマ割りと水墨画のようなコントラストの効いた美麗な絵で迫力を持って描かれ、目を奪って離さない。
物語の背景にある思想や風習、民間信仰やちりばめられた固有名詞などについては話の合間に差し入れられたコラムで丁寧に解説されており、歴史好きにはたまらない。台湾の文化に明るくなくとも、物語にしっかり入り込むことができる。
女性たちの無念が全てのページから滲み出てくるようで、台湾ホラーの底冷えする怖さも相まって読み進めるのが苦しくなるくらい。けれど、読後感が意外にさわやかなのは、守娘が次世代の潔娘に見た希望の眩しさゆえだろう。「女にはできないことが 悪霊になれば簡単にできる」そう男たちを裁く怨霊として、悲しむ女たちに寄り添い続けてきた守娘は、まさにフェミニストの先人。そんな彼女が自分とは違う道を選べるであろう若い女に思いを託すラストに、この物語は、女の女による女のための救済を描いているのだと感じた。
思えば日本も女ばかりが悪霊となり、死後も弄ばれてきた。たかが1枚の皿を割ったくらいの罪で殺された挙句、毎夜皿の枚数を数えていると噂されるなんて、バカにされているにもほどがある。でも、かけられた呪いに抗い、無いことにされてきた怒りに向き合って新しい生き方を模索するこの作品のラストは、諦めない強さを教えてくれる。
纏足(てんそく)をしていない潔娘は、足が大きいから嫁ぎ先がないと、幸せになれないとバカにされてきた。でもその大きい足だから街を駆け回り、様々な女たちに会い、その苦しみを知ることで巨悪に立ち向かう力を得られたのだ。私だって、この弁(わきま)えを知らない大きな足でひび割れた大地をしっかり踏みしめ、どこまでも走ってみせる。先人たちが切り開いてきた女の人生、後退なんてさせてたまるか。次の世代には、より良い世界を手渡してあげたいから。ね、守娘。