ツチヤの口車 第1301回  土屋 賢二 2023/07/22

2人は太陽

 気分がすぐれない。世の中、暗いニュースばかりだ。体調も悪い。死が目前まで、50年先あたりまで迫っている実感がある。猛暑(もうしょ)のせいか公園に幼児の姿はなく、電気をつけてないためか家の中は暗い。世界から生気(せいき)も活気(かっき)も失われ、何をしてもうまくいかない気がして投げやりになり、諸行無常(しょぎょうむじょう)、世捨て人の心境だ。

 老人性うつだと思うかもしれないが、これは、大谷翔平選手と藤井聡太七冠が2人ともふるわなかったときの典型的症状(しょうじょう)だ。その証拠に2人が活躍すると別人のように元気になる。

 うつになる日は幸(さいわい)多くない。2人の活躍通りに漫画を書いても現実離れしていると批判されるほど驚異的成績を上げているからだ(そうでなければファンになったりしない)。ただファンは欲張りだ。藤井七冠の勝率が8割を超えていても10割にならないかぎり不満だし、大谷選手は全打席ホームラン、投げる試合はすべて完全試合、となるまでは不満が残る。

 うつ以外の日もある。寝不足だが、心身には力がみなぎり、意気軒昂(いきけんこう)、すべてに寛容となり、未来は明るい(何が明るいのかは不明だ)。こういう日は2人が活躍したときだ。大谷選手のホームランがどこまで飛んだか、もしかしたら2本分打っているのではないか、何度も映像で確認し、藤井七冠についても、プロも唸る(うなる)どんな手を指して勝ったかを解説した動画を見て、同じ手にうなることができるように研究する。そういうことに長時間費やして寝不足になるのだ(負けたときは反省しない)。

 それ以外に、気分は晴れないが「これが現実だ」と自分に言い聞かせる日もある。これは、1人が成果を上げ、もう1人が結果を出せなかった日だ。

 わたしは睡眠や食欲にも影響されたくない人間だ。それなのに、不可解にも、何の義務も利害関係も血縁関係も義理も縁もゆかりもない2人の成績に一喜一憂し、同じ時代に生きている幸せを噛みしめている(自分のことしか考えない人も、自分のことそっちのけで一喜一憂している)。

 もしもっと近い存在、たとえば同級生だったら、部外者に自慢しまくるだろう(同じ日本人というだけでも誇らしいのだ)。いくら自慢しても本気でうらやましがられるだろう。

 2人は実力が群を抜いているだけではない。2人とも謙虚で礼儀正しく、金銭に恬淡として、それぞれ野球と将棋に真摯に取り組み、節制力といい精神力といいルックスといい、非の打ち所がない(1つだけでも分けてほしいが、節制力だけならいらない)。このまま邁進してほしいと祈り、その1000分の1でも仕事に打ち込まなくてはならない自分のことは忘れている(もしかしたら自分のことを忘れるために応援しているのか? 応援すればするほど自分のことがおろそかになる)。

 ただ同級生だったら、女子はみんな藤井七冠や大谷選手に夢中だから、いくら好きな女子がいても見向きもしてもらえない。つき合ってもらっても妥協に妥協を重ねた結果でしかない。

 さらに同級生という立場を利用して、Tシャツ3000円(代理の中古30円)、ツーショット写真5000円(代理との写真は30円)、握手10秒8000円(代理との握手1分50円)、デート1時間50万円(代理とのデート1時間500円)など企画販売せずにいられないだろう。

 一方、2人と関係がないなら、自由に仕事を選び、好きな女性に言い寄って自由にフラれることができる。2人と無関係でよかった。

 2人は太陽のように世界を照らすが、近くに寄ると危険なのかもしれない。遠く離れていても、こんなに老いの血道を上げていることがすでに危うい気がする。

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