ツチヤの口車 第1306回 土屋 賢二 2023/09/02
想像すれば失敗しない
古いパソコンのハードディスクを取り出して新しいパソコンに取り付けなくてはならない。簡単だ。だれもがそう思う。だがいざ取りかかるとまず失敗する。
わたしはこの種(しゅ)の簡単に見える作業に何度も失敗してきた。その失敗を活かさないと何のために失敗してきたのか分からない。
今回は画期的(かっきてき)な方法を考案した。失敗の一番大きい原因は、想定外の事態が発生することだ。
たとえばパソコンの中を開けるにはドライバーが必要だが、まず見つからず、30分は探す。パソコンの中は暗いから電気スタンドをもってくる。だがコンセントには空きがない。二股コンセントが必要だ。それを探し出すには数時間かかる。買いに行くにしても外は猛暑だ。熱中症(ねっちゅうしょう)になるか唐揚げになるのがオチだ。
このように、想定外の事態に直面してから対処すると膨大な(ぼうだいな)時間を浪費(ろうひ)する。わたしはパソコンの部品を入れ替える以外に色々することがある。食事もするし、矛盾(むじゅん)するようだがダイエットもする。運動も必要だし、矛盾するようだが、運動をサボりもする。スポーツや将棋の中継も見れば、原稿も書く。その合間に作業するのだから、時間を浪費する余裕はないのだ。
失敗を避けるには想定外の事態を減らす必要がある。細部まで想像するのが鍵だ。早速想像にとりかかった。
まずは作業空間(くうかん)の確保だ。部屋を片付け(かたづけ)、広い作業空間を作る。狭いと、ねじを外したりとめたりする拍子に必ずねじが転がって何かの下に潜りこみ(もぐりこみ)、出てこない。しかもねじにはわたしには見分けがつかないミリねじとインチねじの違いや、長さの違いがあり、ごっちゃになると収拾(しゅうし)がつかなくなる。そのためにも、種類別に管理し、ねじが潜り込めない空間、できれば体育館を用意するのがよい。
当然、ドライバーは事前に探しておく。ドライバーを探しているうちにスマホが行方不明になるからだ。スマホで手引書(てびきしょ)¥を見ないと外し方も取り付け方も分からない。ハードディスクの接続ケーブルの確認も必要だ。位置によって形状が合わなければ、別個(べっこ、different)ケーブルを注文する必要がある。
パソコンを開けて電気スタンドで照らすが、二股(ふたまた)コンセントはあらかじめ購入しておく。だが照明を当てても、ケーブルの接続部分(せつぞくぶぶん)がよく見えないはずだ。視力が衰えて(おとろえて)いるからだ。だから虫眼鏡(むしめがね)の用意は不可欠だ。パソコンの中を不自然な姿勢で覗き込んでいると、日ごろの運動不足のため、足や腹の筋肉がつって激痛が走るから、足腰を鍛えておく必要がある。
以上の想定はほんの一部だ。作業前に最低限これらの準備をしておかないと、どこかで頓挫する。その場合も想像しておく。
頓挫すると暑さが急にこたえ、クーラーの温度を下げようとリモコンを探す。1時間かけて見つけたときには汗びっしょりだ。シャツを着替え、昼寝をして目が覚めると喉がカラカラだ。スイカを食べて、皮を捨てるとゴミ箱はいっぱいになる。ゴミを捨て、郵便箱には、妻の後期高齢者医療保険料の請求が来ている。テーブルの書類の山に突っ込むが、1時間後には忘れているはずだ。
ここまで細かく想像しておけば、失敗はしないはずだ。失敗しても軽微な失敗ですむ。軽微でなくても、いつも程度の失敗ですむ。
現実には着手もしてないが、たとえ想像上でも、やりきったという達成感がある。実際に作業する気はもう失せている。このまま終われば失敗しないですむ。
突然思い出した。パジャマのズボンのゴムを替えなくてはならない。だが替えゴムが見つからない。早速、ネットで注文する想像にとりかかった。