ツチヤの口車 第1302回 土屋 賢二     2023/07/29

食レポのいろいろ

 いつからだろうか。テレビのグルメ番組がこんなに増えたのは。最高級ステーキをタレントが食べるのを見ながら、カップラーメンを食べる日はいつになったら終わるのだろうか。

 視聴者のためにタレントが味を説明する「食レポ」も、見ない日がない。

 ただ、食レポで味が伝わることはまずない。それも当然だ。ことばは万能ではない。クラリネット(clarinet)の音をことばで伝えることはできない。味もそうだ。

 実際、食レポの常套句「ジューシーです!」という表現は色々な料理に使われるが、情報量は少ない。この表現で伝わるのは、その料理がジュースではないということだけだ。もしかしたら「そんなにジューシーな物がほしいのなら、ジュースを飲め」と視聴者がツッコミを入れることを期待しているのだろうか。

 食感が「ふわふわ」と表現されるのも定番だが、「ふわふわがいいのなら、綿でも口に入れてろ」というツッコミを期待しているのだろうか。

 食レポはいまや味を伝えるより、視聴者を楽しませる娯楽の新ジャンルになりつつある。わたしなりに食レポを考えてみた。

★清楚な(せいそな)¥美少女が初夏(しょなつ)の高原でさわやかな風に吹かれながら、物思いにふけっている。今朝食べた餃子かしら? それとも納豆? ケーキ? キムチ? トンカツ? 何が原因なのか分からないまま、耐えきれず吐いたゲロの味、絶品ビーフシチュー。

★世界中の料理を知り尽くしたあのミシュランが青ざめた! こんな味があったのか! 評価システムに激震が走った。マイナス評価導入に踏み切るべきか、問題提起のラーメン!

★「外はカリッと、中はねっとり」をうたう食べ物は数あれど、これは異次元。外側は、「歯が心配で物が食えるか!」をモットーに、硬くなった鏡餅を叩き割る金づちの硬さ(花崗岩(かこうがん)よりやわらかく石灰岩より硬い)! 長年工具(こうぐ)を作ってきたメーカーの技術の結晶です。対照的に中身は、強力にねっとりくっつくやわらかさ。接着剤(せっちゃくざい)メーカーと共同開発した粘着力(ねんちゃくりょく)は、歯の詰め物を簡単に取る力があります。長年の技術力の賜物(たまもの)です。食べる前に予約を! むろん歯科医(しかい)に。即日治療の歯科(しか)チェーン『すぐ抜く歯科』へ。

★だれが決めた? 雑味(ざつみ)があっちゃいけないって。はっきり言いましょう! 雑味がなければ食べ物じゃないと。雑味がないのは、何の問題もない結婚生活、一点の疑いもない健康体のような、幸福一色の状態です。そんな単純素朴で何が面白い! ところで、雑味って何だ?

★貴重! 全国民がわれ先に群がる(むれがる)料理です。飢餓(きが)に苦しむ国では。また災害で閉じ込められたり、遭難して食べない日が何日も続いた後なら、感謝しながら夢中で食べるでしょう。人間は食べる物がなくなれば何でも食べます。ネズミやゴキブリは食べられるが、ナメクジやミミズはダメという人にピッタリのクォリティ! 断食道場や禅寺でこっそり売れば、高値で買う人も出ること必至(ひっし)。切実な要求に応える料理です。

★危険! もう他の物が食べられなくなります。単品(たんぴん)で1日分のカロリーをオーバーするから! この料理は、糖尿病の父、高血圧の母、痛風(つうふう)の叔父、心臓病の義父と言えるでしょう。

★これを「食べる」と言えるんでしょうか。口に入れたとたん一瞬で溶けます。歯は1本もいりません。口がいるのが不思議なくらいです。1万年食べ続けて「歯が退化した」と苦情を言わないでください。

★文豪が愛した100年続く老舗(しにせ)。その隣に2年前開店した脱サラシェフ。閉店間近(食中毒を出したため)!