ツチヤの口車 第1298回 2023/07/01
謙虚で寡黙であることに気づいてもらうには|土屋賢二
わたしは謙虚(けんきょ)な男だ。いくらそう叫んでも認める者はいない。同様に、わたしが寡黙で(かもく)上品で奥ゆかしく(おくゆかしい、elegant)、控えめで引っ込み思案で遠慮深い人間であることを認める者も皆無(かいむ)だ。これらを認めてくれと叫べば叫ぶほど、出しゃばり(でしゃばり)の烙印(らくいん)を押されるから、泣き寝入りするしかない。最近の人工知能の発達で思い直して、チャットGPTに聞いてみた。
――わたしは謙虚なのが自慢ですが、まわりにガサツで鈍感な人しかいないからか、だれも気づいてくれません。どうすれば謙虚だと気づいてもらえますか?
「方法はあります。控えめに意見を言う、他人の話を聞く、感謝する、自分の評価を低めにする、自分で謙虚だと言う、思いやりのある行動をする。これらを試し、気づかれなくてもあきらめず続けてください」
失望した。こんなまどろっこしい方法で事態が改善するはずがない。ほしいのはまわりが一瞬でひれ伏すような方法だ。あきらめて、寡黙について相談した。
――わたしは寡黙です。「ザンビアの首都はどこ?」と聞かれたときや「あのお金を何に使った?」と妻に聞かれたときは一言も言えません。それなのに、わたしのことを寡黙と思っている人は皆無です。寡黙と認められるにはどうしたらいいでしょうか。
「次の方法があります。質問されても即答しない、『はい』『いいえ』など短く答える、ジェスチャーを使う、寡黙だと相手に教えるなどを試してください」
感心した。「そんなのは寡黙とは言わないんだよ!」と一喝して片付けてもいいのに、誠実に答えている。そこでさらに聞いた。
――いただいたアドバイスに従い、ことばを使わずにジェスチャーで伝えようとしたところ、失語症を疑われました。
「誤解された可能性があります。誤解される場合は、言葉を使って説明することも重要です。短い単語を使って。失語症に関する誤解がある場合は、医師、専門家に相談してください」
誠実な回答だが、わたしが求めるのは快刀乱麻、目が覚める一発逆転サヨナラホームランの回答だ。それを求めて、ツチヤGPT(わたし専用の執筆代行人工知能。仮想版)ならどう答えるだろうか。謙虚と寡黙に関するチャットGPTの回答を読み込ませ、感想を聞くと答えはこうなる。
「浅薄安易な回答です。無価値なだけでなく、人間を堕落させる回答です。この回答は謙虚を装い、寡黙なふりをする方法を説いているだけです。東洋の叡智が欠けています。実は、真に謙虚で寡黙な人は他人に気づいてもらえません」
――東洋の叡智を加えて説明してください。
「東洋には、『能ある鷹は爪を隠す』にとどまらず、さらに一歩進める考え方があります。双葉山が理想に掲げた『木鶏』を考えてください。闘鶏が真の強さをきわめると木彫りの鶏のように闘いに無反応無関心になるのです。中島敦の『名人伝』を読んでください。弓の名人が長年の修行の末に道をきわめると、最終的には弓の名さえ忘れるようになります。道をきわめると、凡人と区別がつかなくなるのです。そこまで追究せず、表面的つじつま合わせに終始するチャットGPTは軽薄です。『市井に隠れる』ようになって初めて道をきわめたと言えるのです。真にすごい人ほど『すごい』とは思われず、平凡にしか見えないものです。大人物は小者にしか見えず、極度に頭がいい人はバカにしか見えず、真の勇者は臆病にしか見えず、真に価値のある本は売れず、極度にハンサムな人は醜男にしか見えないのです」
これこそ求める回答だ。これで自信をもって生きることができる。