THIS WEEK「国際」 名越 健郎 2023/07/06

ウクライナ反転攻勢で“想定外” 露の機動防御とプリゴジン外し

 6月23日、民間軍事会社「ワグネル」のエフゲニー・プリゴジン氏による反乱が起こった。戦争がウクライナ側有利に傾くとの観測もあったが、事態は1日で収束。現時点で戦局に大きな変化はない。

反乱の後、全国行脚(あんぎゃ)を繰り返すプーチン大統領

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 ウクライナによる「反転攻勢」は6月4日に開始された。約1カ月を経て、奪還できた領土は130平方キロ。クリミア半島を含むロシア軍占領地は全土の約20%に当たる12万平方キロだから、0.1%にすぎない。すぐにでもメリトポリなど大都市を奪還する、との憶測もあったが、果たされていない。

 ゼレンスキー大統領は「あらゆる方面で前進しているが、ハリウッド映画のようにはいかない」と苦しい胸の内を明かしている。

 そこには、ロシア軍の構築した強固な防御網の存在がある。

「深い塹壕(ざんごう)に閉じこもり、相手を引き付けて撃退している」(西側軍事筋)

 ロシア軍は塹壕の前に、対戦車地雷や障害物を配置しているため、ウクライナ軍は突破に苦慮しているのだ。元陸上自衛隊幹部はこう語る。

「ロシア軍は『攻撃第一主義』とされていますが、実は防御(ぼうぎょ)が上手い。この戦い方は『機動防御』と呼ばれるものです。まず、地形に合わせた多様な塹壕を設置し防御を固める。攻撃部隊が、突破しようとすると、前面、側方(そくほう)、あるいは背面から対戦車ヘリ、戦車、長射程精密火力(砲撃)など三位一体の反撃を行うのです」

 ロシア軍は温存してきた軍用ヘリを投入。欧米が提供したドイツ製主力戦車レオパルト2や米国製戦闘車両10台以上を破壊する動画を公開している。

 このような防衛作戦で不要になったのが、ワグネル軍団だった。ワグネルは、人的損失を顧みない(かえりみない)攻撃には強い。一方で、「攻撃に特化する部隊の特徴として、地雷や障害物を設置する工兵の数が少なく、必要な器材もあまり保有していない可能性がある」(前出・元幹部)という。

 プリゴジン氏は、5月の最前線からの撤退を自らの決断のように主張した。だが、ロシア軍から見れば、防衛に不向きな部隊を戦線から外したに過ぎない。

 ウクライナは、準備を重ねたロシアに苦戦を強いられているのだ。そのため、「秋までに領土の大半を奪還し、年内にロシアを和平交渉に追い込む」という方針にも狂いが生じている。

 米側は射程300キロの長距離ミサイルATACMSの供与を検討するとした。ウクライナ側は、後方基地砲撃などの戦術転換を模索しており、早くも2度目の越年(えつねん)を見据え始めている。