2024年4月30日 5時00分

「選挙妨害」に怒る(いかる)

 どうして11人ではなく、12人なのだろうか。米映画『12人の怒れる男』を初めて観(み)たとき、そのタイトルと物語の内容が異なっているように感じてしまった。殺人事件の裁判で、陪審員12人が激論を交わす、かつての名作である▼12人のなか、ヘンリー・フォンダ演じる主人公だけが冷静に、理性的に、無罪の可能性を口にする。ほかの陪審員は結論を急いで困惑し、怒る。イライラしているのは、この11人だけのように見えたのだが、どうか▼衆院東京15区の補選で、複数の陣営が「選挙妨害」を受けたと訴えている。拡声機(かくせいき)での罵声(ばせい)で候補者の演説が邪魔されたり、選挙カーで追い回されたりしたという。「選挙の自由」を逆手(ぎゃくて)にとる非行(ひこう)であり、法改正で規制すべきだとの声が聞こえてくる▼候補者の安全を脅かす行為は、許されない。口汚い罵(口きたないののし)りは、聞くに堪えない。私たちの選挙という大切な仕組みが、一部の輩(やから)によって不遜(ふそん)に汚されているようにも感じられ、何とも不安になる▼ただ、選挙活動での自由の線引きは、難しい。政治家の演説では、北海道警がヤジを飛ばした市民を排除するという異様な動きもあった。過剰な管理が選挙戦を息苦しくすれば、民主主義そのものが輝きを失ってしまう▼冒頭の問いに戻れば、私はこう思う。実はヘンリー・フォンダは12人のなかで誰よりも憤慨(ふんがい)している。でも、それをぐっとこらえ、あえて穏やかに言っている。安易に、分かりやすい答えは求めまい。ここは熟議(じゅくぎ)が必要だ、と。

じゅくぎ 【熟議】 名詞 (much) deliberation ; careful discussion. 熟議する 動詞 deliberate ⦅about, on, over⦆.