2024年4月22日 5時00分

紛争地の看護師

医者になろうと思ったことはないのですか。看護師の白川優子(しらがわ ゆうこ)さん(50)はそう聞かれ、ハッとしたことがある。「そういえば、ない」。世界の紛争地での医療を担って(になって)きた国境なき医師団の一員である。「私は看護師として、患者さんのそばにいるのが好きだから」▼思い出すのは、シリアに行ったときのことだ。一人の高校生の少女が、運ばれてきた。空爆で両足の踵(かかと)の骨(ほね)が粉々(こなごな)にされていた。塞ぎ込む(ふさぎこむ)彼女の手を何度も握り、話しかけた。1カ月ほどして、少女が笑顔を見せたとき、白川さんは「看護師として、自分にしかできないこと」を感じたという▼何ですか、看護師だからできることって。そう尋ねると、白川さんは教えてくれた。痛い、痛いと苦しむ患者の一番近くで、励ましを続ける。不安で眠れないという病人(びょうじん)がいれば、枕元に行き、その悩みにじっと耳を傾ける▼そうすることで、ほんの少しであっても、苦痛や恐怖がやわらぐ人がいる。かすかでも、安らかな気持ちになる人がいる。「それが私の仕事の醍醐味(だいごみ)で、真骨頂(しんこっちょう)なんです」▼イラク、ガザ、南スーダン……。救って(すくって)も救っても、虚しく(むなしく)なるほどに、血だらけのけが人が送られてくる。「戦争って、目の前で見ると本当にひどい」。テレビでも映画でもない悲惨(ひさん)な光景を、幾度(いくど)も目にした▼いま、このときも、人間は残虐に殺し合っている。何とか、止めなきゃ。でも、じゃあ、どうすればいいのか。白川さんはずっと、悩み続けている。看護師として。

はっと、  彼女が一瞬驚いたり気づいたりしたことを指していると思われます