2024年4月18日 5時00分
不名誉(ふめいよ)な不戦敗(ふせんぱい)
戦後の英国を代表する作家のアイリス・マードックに『かなり名誉ある敗北』(未訳)という小説がある。暗い過去を持つ生化学者の企み(たくらみ)で大勢の人間関係が混乱し、悪意(あくい)の連鎖が始まる。うそや裏切りが渦巻くなか、1人だけ完全な善人が現れる。だが、彼にも全員を救うことはできない▼たとえ負けても、誠実に挑んだのであれば不名誉ではない。名誉が守られる敗北と、喪失感に満ちた勝利と。どちらを望むのかと、哲学者でもあったマードックは問いかけているようだ▼こちらはどんな「敗北」と言えるだろう。おととい告示(こくじ)された衆院の三つの補欠選挙(ほけつせんきょ)のうち、自民党は東京と長崎で不戦敗の道を選んだ。自民派閥の裏金事件で議員らが立件されてから、初の国政選挙である▼「政治とカネ」の問題で国民の不信感は強い。ならばすべての選挙区に候補(こうほ)を立てて「党としてこう改めます」と説明し、有権者の審判を仰ぐのが筋ではないか。ましてや政権政党である▼過去の記事をみると、小紙が「不戦敗」と表記し始めたのは50年ほど前のようだ。以来、党内の分裂や世論の逆風などで擁立が見送られるたびに使われてきた。自民にはかつて、「不戦敗は許されない」「必ず候補者を立てろ」と厳しく臨んだ幹部もいた。だが、今回は懸命に避けようとしたようには見えない▼候補者を立てるのは、有権者に選択肢を与えることだ。〈明らかな黒星(くろぼし)よりも不戦敗〉。朝日川柳が、「不名誉な敗北」の核心をずばりと突いている。
ふせんぱい 0【不戦敗】 試合に休場・棄権したために,負けとなること。 ↔不戦勝(ふせんしょう)
りっけん 0【立件】 公訴を提起する前提条件または要件が成立すること。
「ずばりと突いている」という表現は、何かの問題やテーマに対して、的を得ているかつ直接的なアプローチをしていることを指します。言い換えると、その人や物事が核心を突いている、あるいは的確な指摘や意見を述べているという意味です。