2024年4月13日 5時00分

軽薄のすすめ

 吉行淳之介(よしゆき じゅんのすけ)は、重さよりも、軽さを好んだ作家だった。1970年代にベストセラーになった随筆集(ずいひつしゅう)『軽薄(けいはく)のすすめ』で、重厚さ(おもあつさ)を「一も二もなく良し」とするような風潮に、苦言(くげん)を呈した。「必要なのは重々しいコワモテ風(強面風)の姿勢ではなくて、鋭い(するどい)軽薄さである」▼それから半世紀が過ぎた。人気作家が「カラカイ(揶揄い)と皮肉」を込めて発したという問いかけをいま、反芻(はんすう)してみる。この軽薄さに満ちた人の世で、あえて彼が重厚さを嗤った(わらった)のは、どうしてか▼吉行は敗戦の1年前の夏、徴兵されている。20歳の学生だった。甲種合格(こうしゅごうかく)の現役兵として、最前線に送られるのは間違いなかった。ところが、入営3日目に喘息(ぜんそく)がみつかる▼急遽(きゅうきょ)除隊が許され、当然のように目の前にあった死が、パッと消えた。戦時下、人ひとりの生き死には、至極(しごく)軽く扱われる。やたら軍という権威がのさばる社会は重苦しく、硬直していた。彼はそれを滑稽な(こっけいな)重さと表現した▼かっこいい作家だった。軽妙洒脱(けいみょうしゃだつ)でありながら、しっとりとした文章を書いた。三島由紀夫(みしま ゆきお)を評した「あれじゃ、疲れるだろうなあ」との一言には魘される(うならされる)。自分は「威勢のよい根性」ではなく、「ぐにゃぐにゃ根性」だと言っていた▼きょう生誕100年。日に焼けて黄ばんだ(きばんだ)文庫本を本棚から取り出し、ひとりページをめくる。いま読まれる作家ではないのかもしれないけれど、時代がかった物言いが勇ましく聞こえてくる昨今、その肩の力のぬき方が、妙に気になる。