2024年4月2日 5時00分

新社会人へのメッセージ

 毎年、この時期はサントリーの広告を楽しみにしている。きのうの朝刊(一部地域のみ)にあった。「君は今、空っぽのグラスと同じなんだ」。新社会人に贈る作家・伊集院静(いじゅういん しずか)さんからのメッセージである▼グラスの大きさはどれも同じ、学生時代の成績なんてたかが知れている、肝心(かんじん)なのは仕事の心棒(しんぼう)に触れることだ、金儲け(かねもう)がすべてなんてのは仕事じゃない――。昨年他界され、これが伊集院さんの最終回だという。初回の2000年分の再掲だったが、熟成されたウイスキーのように胸底(きょうてい)に染みる言葉だった▼新社会人の手本となる人生だったか、といえばそうではあるまい。ギャンブルの金を出版社から前借りし、おまけに編集者に届けさせたといった逸話には事欠かない(ことかかない)▼無頼(ぶらい)と愚直(ぐち)が同居している。それが伊集院さんの魅力だった。言葉がまっすぐでありながら陰影深い(いんえいぶかい)のも、苦み(にがみ)ある生き方ゆえであろう。人生には、効率とは無縁なところから得られる何かがある▼入社した30年前を思い出す。血の気(ちのけ)の引くミスやあまりの忙しさに、ほとほと嫌気(いやけ)がさした。経験を重ねれば、達意の原稿がすらすら書けるのかとも思っていた。だが、今も呻吟(しんぎん)の日々だ。あまり変わらない▼歌手の竹内まりやさんが言っていた。「プロとしての自分を客観視(きゃっかん)すればするほど、めざす基準に到達できていないジレンマに陥る」。新人もベテランも途上にある。まずは一歩を踏み出す。向かい風を頬に感じたら、それは前に進んでいる証しだ。

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 小説「機関車先生」やエッセー「大人の流儀」シリーズなどで知られる人気作家の伊集院静(いじゅういん・しずか、本名西山忠来=にしやま・ただき)さんが2023-11-24日、肝内胆管がんのため死去した。73歳。山口県出身。葬儀・告別式は近親者で執り行う。後日、しのぶ会を営む。

 伊集院さんは無類のギャンブル好きとして知られ、「最後の無頼派作家」と呼ばれた。麻雀(まーじゃん)、競輪、競馬などに費やした金額は「数十億円に上る」と明かしている。

 雀士(ジャンし)で作家の阿佐田哲也(色川武大)氏を「先生」と呼び、一緒に全国の競輪場を巡って車券を買いあさる「旅打ち」をしていた時期もある。競輪で大勝ちした日に数千万という払戻金(はらいもどしきん)を無造作に紙袋に入れ、京都・祇園に出かけていたことも。

 スポニチ紙面大阪本社版には1988年から33年間にわたって競輪コラム「浪漫ギャンブラー」を寄稿した。

 競馬では、漫画家の黒鉄ヒロシ、俳優・小林薫らと愛好会「競団連」をつくって活動。騎手の武豊とも交友があり、武は伊集院さんの影響で競輪好きになった。