2024年4月21日 5時00分
ネッシーのいる世界
レイ・ブラッドベリのSF短編集『ウは宇宙船のウ』のなかに「霧笛」という作品がある。はるか大海の底から、巨大な怪物がやってくる話である。恐竜の生き残りが、灯台の霧笛の音を仲間のほえ声と信じ、会いにくるのだ▼おそらく、年齢は100万歳。絶滅を逃れた最後の1頭だという。いったい彼は何を思い、やってくるのか。そんな作者の問いが、たまらない。「100万年のあいだ、ひとりぼっちで、二度と帰ってこないものの帰りを待っている」のはどんな気持ちだろうかと▼1934年4月21日、ちょうど90年前のきょう、英国の新聞に一枚の写真が掲載された。写っていたのは、水上に長い首をもたげ、悠々と泳ぐ何か。後に誰もが知る「ネス湖のネッシー」だった▼すでに1世紀近くが過ぎ、科学的に、恐竜の生き残り説などはありえないとも言われている。問題の写真は、おもちゃの潜水艦を使ったトリックだったと当事者が告白し、捏造(ねつぞう)が判明した。ただ、それでも、ネッシー探しは止(や)んでいない。昨年も過去最大級の捜索があったほどだ▼なぜ、ひとは怪物の話が好きなのだろう。アメリカ文学の巨人ジョン・スタインベックは記している。「得体の知れぬ怪物のいない海は、まったく夢を見ない眠りのようなものであろう」▼ネッシーがいないと完全に証明された世界と、どこかに怪物はいるかもしれないと、みんなが思っている世界。どちらで暮らしたいかと問われれば、あなたならどう答えるだろうか。