2024年4月16日 5時00分

別れの句会

読むたびに胸がざわつく俳句がある。1951年に大阪拘置所で執行された死刑囚が、告知を受けてからの2日間で詠んだ10句だ。〈春寒し思う事涸(か)れて動悸(どうき)うつ〉など率直な表現が並ぶ。最後は「刑場にて」の前書きで〈絞首台のぼりてみればあたたかき〉。俳号は不光(ふこう)だった▼掲載されたのは60年に初版が出た『処刑前夜』という本だ。数十人の死刑囚が残した俳句や遺書などの記録で、編者は俳人の北山河(きたさんが)と娘の北さとり。山河は49年から大阪拘置所で死刑囚に俳句の指導を始めたが、58年に急逝した▼山河は死刑囚のため、さとりら俳誌の同人と「別れの句会」を開いていた。執行の2日前に告知されることが多く、前日の句会で歌ったり泣いたりしたと記されている。だが、70年代半ば以降から告知は当日になった▼きのう、当日告知の運用が違憲だと訴えた裁判の判決が、大阪地裁であった。事前に訴状を読んでいて、原告が証拠で提出した「音声テープ」の記述にはっとした。55年2月、大阪拘置所で2日前に告知された死刑囚の様子が録音され、「送別俳句会」もあったという▼活動時期が重なるから、その場にいたのは山河たちだろう。改めて本を開くと、このころに執行された数人の死刑囚の句があった。〈土壇場にまだ欲ぬけず春寒き〉〈人を殺せし掌(て)に子雀は安心す〉▼訴えをすべて退けた判決を読みながら、最後の2日間について考えた。当日朝の告知になったいま、もう開けない句会や詠めない句のことを。