2024年4月2日 5時00分

新社会人へのメッセージ

 毎年、この時期はサントリーの広告を楽しみにしている。きのうの朝刊(一部地域のみ)にあった。「君は今、空っぽのグラスと同じなんだ」。新社会人に贈る作家・伊集院静さんからのメッセージである▼グラスの大きさはどれも同じ、学生時代の成績なんてたかが知れている、肝心なのは仕事の心棒に触れることだ、金儲(かねもう)けがすべてなんてのは仕事じゃない――。昨年他界され、これが伊集院さんの最終回だという。初回の2000年分の再掲だったが、熟成されたウイスキーのように胸底に染みる言葉だった▼新社会人の手本となる人生だったか、といえばそうではあるまい。ギャンブルの金を出版社から前借りし、おまけに編集者に届けさせたといった逸話には事欠かない▼無頼と愚直が同居している。それが伊集院さんの魅力だった。言葉がまっすぐでありながら陰影深いのも、苦みある生き方ゆえであろう。人生には、効率とは無縁なところから得られる何かがある▼入社した30年前を思い出す。血の気の引くミスやあまりの忙しさに、ほとほと嫌気がさした。経験を重ねれば、達意の原稿がすらすら書けるのかとも思っていた。だが、今も呻吟(しんぎん)の日々だ。あまり変わらない▼歌手の竹内まりやさんが言っていた。「プロとしての自分を客観視すればするほど、めざす基準に到達できていないジレンマに陥る」。新人もベテランも途上にある。まずは一歩を踏み出す。向かい風を頬に感じたら、それは前に進んでいる証しだ。