2024年10月27日 5時00分
お薦めの候補者
投票用紙を手にすると、思い出す光景がある。10年ほど前、中国の選挙を取材していたときのことだ。実際に有権者が投票するところを見たいと思い、友人に相談すると、「じゃあ一緒に投票に来たらどう?」。付き添いとして投票所に入らせてもらった▼北京の地区の代表を選ぶ選挙だった。投票用紙をもらう場所と、投票箱(とうひょうばこ)との間に相談コーナーがあって、係の女性が笑顔で話しかけてきた。「この人がお薦めですよ」。ひとりの候補者の名前が指さされていた▼中国の選挙は、立候補が自由にできない。選挙運動もほとんどできない。だから、候補者を知らずに投票所に来る有権者が多く、その場で誰に票を投じるかの相談に応じているのだという▼「茶番」という文字がくっきりと頭に浮かび、思わず笑ってしまった。当局が認めた候補者のなかから、特定の人物への投票をさらに薦める選挙とは何なのか。〈民の欲する所は、天必ずこれに従う〉と古人は言ったが、「これでは、何も選べないよね」。友人も苦笑していた▼翻って(ひるがえって)、日本の選挙を思えば、問題は多々(たた)あれど、それは重く、尊い制度である。大事にすべきものだけに、昨今の投票率の低さが心配になる。民主主義も、自由も、空気に似ている。失ってから気づいても、もう遅い▼きょうは衆院選の投開票日。期日前投票が広がるなか、投票できる最終日ともいえようか。私はきのう投票した。投票用紙を前に背筋を伸ばし、鉛筆を握る手に、ギュッと力を込めて。