2024年10月20日 5時00分
キンモクセイのかおり
漢字が表す意味はいつでもどこでも同じかと言えば、そうではない。「桂」と書けば、日本では落葉樹のカツラを指す。だが中国では、常緑樹のモクセイのことになるそうだ。水墨画のような風景で知られる都市・桂林の名前も、そちらにちなむという▼唐の王建の詩に、その桂を織り込んだ秋の夜の一首がある。〈中庭(ちゅうてい)地白うして樹(き)に鴉(からす)棲(す)み/冷露(れいろ)声無く桂花(けいか)を湿(うるお)す〉。月の光に庭は輝き、冷ややかな露がモクセイの花をぬらす、と。小さな花弁ははっきり見えない。それだけにいっそう、甘い香りが濃く感じられたのだろうか▼わが家の近所にもキンモクセイがあって、いつ咲くかと、朝晩通りかかるたびに鼻をひくひくさせていた。だが香りの定期便は今年、遅かった。以前は9月だったこともあるが、4日前にようやくだった▼一因は、この異常な気象にあるに違いない。きのう都心では最高気温が30度を超え、職場でいっとき扇風機を回した。10月の真夏日はこれで3回目。きょうは気温がぐっと下がるそうだが、予報では週の半ばにまた夏日の文字がちらついている。いまは何月だっけ、とカレンダーを確かめたくなる▼家の洋服掛けでは半袖と長袖が入り乱れて、きょうはどうしたものかと毎朝思案する。衣替えの樟脳(しょうのう)のにおいで季節を感じる、というようなけじめは、最近すっかり消えてしまった▼「愁い」とは、秋の心と書く。でも肝心の秋がこんな様子では、漢字が表す意味もそのうち変わってしまうかもしれない。