2024年12月7日 5時00分
金融業界の不祥事
かっぱと相撲をして勝つにはまず、丁寧にお辞儀をすると良いそうだ。相手もうっかり頭を下げ、頭上の水をこぼしてしまうからだとか。「頭のまん中には窪み(くぼみ)がある。その中に水が溜まって(たまって)いる間はえらい力を持っている」(柳田国男(やなぎだ くにお)著『妖怪談義(ようかいだんぎ)』)。かっぱの大きな力は、水が乾くと消えてしまう。水は生命線に等しい(ひとしい)▼金融業界にとっては、手放してはならない生命線とは「信頼」ではなかったか。野村証券と三菱UFJ銀行で相次いだ不祥事の内容に、それが崩れた思いがした。いずれも想像を絶する(ぜっする)悪質な事件である▼野村証券の社員は、今年7月に顧客の80代女性宅を訪れ、眠くなる薬を飲ませて現金約1800万円を奪った上に、住宅に火を放った疑いがある。強盗殺人未遂(ごうとうさつじんみすい)などの罪で起訴された▼三菱UFJ銀行では、行員が貸金庫(かしきんこ)から宝石や現金など時価で十数億円を盗んでいたという。貸金庫を開けるには管理職の許可がいるが、本人が管理責任者だった。被害者は約60人にのぼるとされる▼顔なじみの証券マンに命を奪われそうになるとは、高齢の女性は思いもしなかっただろう。また、銀行の貸金庫といえば安全、安心の代名詞だったはずだ。どちらも懲戒解雇されたが、「異次元」にも見える金融業界での犯罪に、底が抜けたような恐ろしさを感じる▼顧客が自宅に招いたのも、資産を貸金庫に預けたのも、大手ゆえの信頼や安心感があったのではないか。一度こぼれた水を戻すのは、決して容易ではない。