2024年11月18日 5時00分
紅葉を楽しめる妙
木々の葉が、日々、移ろい(うつろい)ゆく季節である。郊外の小さな山に登り、紅葉を望めば(のぞめば)、同じ木の同じ枝(えだ)にあっても、一枚一枚の葉の色が微妙に異なる(ことなる)ことに気づく。自然というものはどこまでも画一(かくいつ)を嫌い、どこまでも多様ということか▼鮮やかな赤と深い緑の葉が、並んで風に揺れているところもある。くっきりした色の違いに感心する。でも、実のところ、正反対に見える二つの色素(しきそ)の化学構造(こうぞう)はそっくりで、反射する光も極めて似ているという▼だから、ネコやイヌといった動物は、緑と赤とを区別できないのだとか。生物学者の福岡伸一さんが以前、本紙に書いていた。人間の目は、森のなかで「熟した果実(かじつ)をすばやく見つける」ため、独自の進化をとげたらしい▼原始の祖先たちが生き延びるために得た能力で、いまの私たちが紅葉を楽しんでいる。そう考えると、何とも不思議な気持ちになる。この深遠なる世界の妙はいったい、どうすれば設計できるものなのか▼「火星へ行ける日がきても、テレビ塔から落(おと)した紙の行方を予言することができないことは確かである」。中谷宇吉郎(なかたに うきちろう)は『科学の方法』に記す(きす)。雪の研究で知られた物理学者は、美しい自然の営みがいかに複雑かを痛感していたのだろう▼カサッと微(かす)かな音をたて、赤いカエデの葉が、やさしげに頭にあたる。その一枚が、いつどこに落ちるかさえ、私たちは誰も知らない。〈風に聞けいづれか先にちる木の葉〉。夏目漱石の秀句である。もうすぐに、冬が来る。