2024年11月24日 5時00分

「かめのぞき」の淡い色

 織物の魅力に引き込まれてから、四半世紀になる。赴任先のフィリピンで、パイナップルの葉の繊維を使った「ピーニャ」と呼ばれる布の織り手(おりて)を訪ねたのがきっかけだった。半透明でふわりと軽いが、糸が切れやすい。職人の繊細な技に舌を巻いた▼インドネシアには、「イカット」という多彩な模様の絣(かすり)があった。忘れられないのは、東部の島で会った女性だ。小ぶりの葉を折りたたみ、ぱくぱくと噛(か)んで広げるとあら不思議、幾何学模様が浮かび上がった。噛むたびに変わる模様を糸で再現するという▼日本の織物にも興味がわいて調べるうち、染織家(せんしょくか)の志村ふくみさんの紬(つむぎ)織を知った。植物で染めた紬糸で織る着物や帯は美しくて謙虚だ。個展などで作品に接し、秘めた強さも感じるようになった▼人間国宝の志村さんは今年9月、100歳を迎えた。記念する特別展が東京の大倉集古館で開かれている。染織の道に入ってから昨年の作品まで、約70年の歩みがわかる。34歳で初めて織り上げた着物は藍色の抽象画のような趣がある▼志村さんが愛する藍は、甕(かめ)の中で蓼藍(たであい)の葉を発酵させてつくる。色は日々変化し、濃紺から浅葱(あさぎ)色へと薄くなっていく。最後に、ごくまれに現れる「かめのぞき」という名の淡い水色を今回、初めて見た▼蚕の糸(かいこのいと)を植物で染め、手で織る。随筆家でもある志村さんは、織物の始まりの糸について、最高なのはいきいきとして張りのある凜(りん)とした糸だと書いている。そんな糸のような人になりたい。

志村 ふくみ(しむら ふくみ、1924年(大正13年)9月30日 - )は、日本の染織家、紬織の重要無形文化財保持者(人間国宝)、随筆家。

草木染めの糸を使用した紬織の作品で知られる。

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