2024年6月19日 5時00分

パレスチナの詩人たち

 その詩は、ガザの惨状が伝えられるなかで書かれたという。〈もういいんだ/今日から後では/私たちが誰かに愛されるかなんて〉で始まる。そして〈もういいんだ私たちは 誰にも愛されなくても〉で終わる。繰り返される「もういいんだ」が、「私たちを見捨てるのか」と訴えて(うったえて)いるようで胸に刺さった▼掲載された『現代詩手帖』5月号はパレスチナ人らによる詩の特集だった。日本の研究者や詩人らが企画し、12人の22編を紹介している。編集部によると、2度の重版(じゅうはん)は1959年の創刊以来、初めてだという▼パレスチナを離れて生きるディアスポラ(離散)詩人もいる。米国生まれもいる。翻訳に関わった山本薫・慶大准教授は、「ガザはもう発信すら難しい。なんとか声を届けようと、外に住むパレスチナ人たちが必死に言葉をつないでいる」と話す▼つなぐ手段として詩は重要な存在だ。パレスチナを含むアラブ世界には豊かな詩の伝統がある。山本さんによると、西暦5、6世紀ごろから、部族社会の価値観や理念は詩の形で伝えられたそうだ▼現代でも、特に政治や社会の変動期(へんどうき)には詩が存在感を増す。確かに13年前、中東に広がった民主化運動「アラブの春」でも、カイロの広場にデモで集まった人々は詩を朗読し、節を付けて歌っていた▼冒頭の詩はレバノン生まれのパレスチナ人、サーメル・アブー・ハウワーシュさんが書いた。「もういい」と嘆かせないために、私たちは言葉を届け続けなければいけない。

ディアスポラ 2ギリシャ•Diaspora〔離散の意〕 パレスチナ以外の地に住むユダヤ人,またその社会をいう語。転じて,原住地を離れた移住者。