2024年6月28日 5時00分

スーパーカブの雄姿

 幼い頃、「きょうは出前にしよう」と母が宣言すると、家の中は沸きたった。黒電話のダイヤルを回して近所のそば屋に注文を告げたら、耳をすませて待つ。近づいてくるエンジンの音に胸を高鳴らせた(たかならせた)ものだ▼あれは、きっとカブだったに違いない。ホンダの「スーパーカブ」。少々手荒く扱っても大丈夫。小さな体に馬力(ばりょく)を秘めた原付き(げんつき)バイクは、そば屋に限らず、新聞配達、郵便局、酒屋(さかや)と、街に欠かせぬ風景の一つだった▼初代は1958年に誕生した。片手で盆を担ぐ(かつぐ)出前のそば屋でも運転できる。そんなバイクを、というのが開発のコンセプトだったそうだ。左グリップからクラッチレバーなどが取り除かれた(とりのぞかれた)。人まねを嫌う創業者・本田宗一郎(ホンダ そういちろう)らしい注文だろう▼使い勝手の良さから、人気は世界の隅々にまで広がった。ベトナム南部ではいまも、メーカーにかかわらず二輪車のことを「ホンダ」と呼ぶ人が多いという▼そのホンダが、総排気量50cc以下のカブなどの生産を終了する。排気量の大きなタイプはいままで通りとはいえ、寂しさは否めない。排ガスの最新基準に応じられず、おしゃれな電動キックボードなどに販売も押される。世の流れに取り残される姿が、昭和生まれの目には、どこか人ごとに思えないからだろうか▼きのう街で見かけたカブは、かなり乗りこなされたのだろう。マフラーがさび、塗装ははげ、老兵のおもむきだった。汗を流して働く人たちにとって、あんなに頼もしい相棒(あいぼう)はいなかった。

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