2024年6月2日 5時00分

病院のなかのラジオ局

 お味噌汁(おみそしる)の具は、何が好きですか。アンケートの答えをみると、あれ、トマトという回答があります。ええ、ミニトマトは出汁(だし)が出るんですよ。えっ、どこから出るんですか。表面ですかねえ。フフフ。おでんにもトマト、おいしいですよね▼若い女性3人の気の置けない、楽しげな会話が流れていく。ここは、愛知県の豊明市(とよあけし)にある藤田(ふじた)医科大学病院のフロアの一角。車イスの入院患者や、白衣の医師らが行き来するなか、病院内ラジオ「フジタイム」の収録が行われていた▼「あなたの声はすぐに分かるよって患者さんに言われて、なんだかうれしいですね」。理学療法士の長山範子(おさやま のりこ )さん(24)は言った。番組の司会や進行はもちろん、録音も企画もすべて、病院の職員らが担って(になって)いる▼開局は5年前、国内の病院では初の試みだった。病気の話や身近な話題、詩の朗読など、約1時間の番組を月に2回、ネット配信している。「ラジオを聞き、少しでも明るい気持ちになってくれたら」と長山(おさやま)さん▼テレビを見る気が起こらないほどに弱った病人(びょうにん)であっても、ラジオの音は自然と耳に入る。かつて物理学者の寺田寅彦(てらだ とらひこ)も書いていた。まとめて耳目(じもく)と言うけれど、目と違い、耳は自分で自分を閉じられない。誰かの声を聞き続けている▼収録が終わり、外に出ると、もう日が暮れていた。窓に明かりが灯(とも)った病棟を見上げ、思う。その一つひとつに、病の人の苦しみや不安があることを。それを癒やそうと、懸命な人たちがいることを。