2024年5月25日 5時00分

キャパ没後70年

 石畳(いしだたみ)の道を行く、大勢の人たちがいる。彼らの視線が一斉(いっせい)に向く先には、赤ん坊を抱き、頭を丸刈りにした若い女性――。誰でも一度ぐらいは見たことがあるかもしれない。第2次大戦の末期、ドイツ軍が撤退した直後にフランスの街で撮られた写真である▼女性はナチスの協力者とされ、町中を引き回され、嘲笑って(あざわらって)いる。憎しみからか、愉悦(ゆえつ)か。嘲笑(ちょうしょう)とはかくも如実(にょじつ)に、人間の暗い心を映し出すものなのか。撮影者は20世紀で最も名の知られた報道写真家、ロバート・キャパだ▼ノルマンディー上陸作戦など、緊迫した戦場の実相(じっそう)をカメラに収めたキャパだが、銃後の市民たちの姿も数多く写した。戦争の醜悪さ(しゅうあくさ)、不条理さをじわりと伝える(つたえる)作品も少なくない。丸刈りの女性の写真はその一つだろう▼「いったい正義はどちらにあるのかという、鋭い問題がこの一枚の中には込められている」。作家の沢木耕太郎(さわき こうたろう)氏は『キャパへの追走』に書く。「『義』があるのは町の住人(じゅうにん) なのか、それとも引き回される母子の側なのか」▼悲しいことに、いまもこの世界では非道な殺戮(さつりく)が絶えない。どうして人間は戦争を止められないのだろう。ガザで、ウクライナで、スーダンで……。それぞれが掲げる(かかげる)正義の下、多くの血が流れ続けている▼キャパは40歳のとき、インドシナでの従軍取材中、地雷を踏んで亡くなった。ちょうど70年前のきょうのことである。有名な言葉が残っている。「戦場カメラマンの一番の願いは、失業することだ」

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