2024年5月24日 5時00分

山奥の図書館を訪ねて

 川のせせらぎを聞きながら、小さな橋を渡る。泥濘(ぬかるみ)と苔(コケ)の道を進み、杉林(すぎばやし)を抜けると、そこに「ルチャ・リブロ」はあった。奈良県の東吉野村(ひがしよしのむら)に移住した青木海青子(あおき みあこ)さん(39)たち夫婦が、自宅の古民家(こみんか)で蔵書(ぞうしょ)を貸し出している私設の図書館である▼訪ねたきっかけは、青木さんの著書『不完全な司書』を読んだことだ。図書館とは何か。パブリックとはいかなるものか。そんなことを綴った(つづった)文章にひかれた▼図書館に入るには、縁側(えんがわ)の下から木の階段をのぼる。そこで来訪者の多くは迷うそうだ。靴はどこで脱ぐのかなと。でも、あえて注意書き(ちゅういがき)はしない。「尋ねてもらえばいいし、何か考えてほしいと思うのですよね」。青木さんはやさしく言った▼禁止行為を記した看板が大量に立ちならぶ公園の話が、頭に浮かぶ。駅で連呼される「ご注意ください」の構内放送もそうだ。必要であっても、管理する側の論理ばかりが前面に出れば、窮屈で、居心地が悪くてたまらない▼本来、公共の場(こうきょうのば)とは、もっとのんびりできる場所ではなかったか。もっと対話があって、利用者たちが自ら考え、かかわることができる空間ではなかったのか。「何だか、パブリックがやせ細ってきている感覚がないですか」。青木さんの問いかけである▼ソファに座り、お薦めの書のことを聞いていると、のそりと黒っぽい猫がやってきた。「館長です」と紹介された。その大きなおなかを撫(な)でながら、本の頁(ページ)をめくる。静かな時間が、豊かに流れていった。

のそり 23(副) (多く「と」を伴って)動作が鈍く,のろいさま。のっそり。