2024年5月23日 5時00分

ギュゲスの指輪

 ときは紀元前7世紀というから、2700年ぐらい昔のことだろうか。いまのトルコの辺りにリュディアと呼ばれる王国があり、そこにギュゲスという羊飼い(ひつじがい)の男がいたそうだ。ある日のこと、地震が起き、羊が草を食べる大地に穴ができた、と物語は始まる▼ギュゲスは穴のなかで、黄金(おうごん)の指輪を見つける。持ち主の姿を見えなくする不思議な力を持つ指輪だった。彼はこれを使い、陰謀を企て、王を殺す。プラトンが『国家』に記した有名な「ギュゲスの指輪」の逸話である▼もしも同じように、あなたが透明人間になれるなら何をするか。姿を消し、私欲で悪事を働くか、良心に従った行動をするか。古代ギリシャの哲学者が提起したのは、人間にとって正義とは何か、といった問いにほかならない▼さて、もう何を言いたいのか、お分かりだろう。国民の目に見えないのをこれ幸いに、コソコソと裏金(うらきん)をつくっていた自民党の議員たちの問題である。きのう政治資金規正法の改正案の国会審議が、やっと始まった▼際立つのは、とうの自民党の消極姿勢だ。特に、年十数億円に上る政策活動費の使い道は、どうしても明らかにしたくないらしい。領収書もいらず、支出項目しか公開しないとの改正案には言葉を失う。それなら何に使おうと、誰も何も分からないままではないか▼裏金の不正はいわば、プラトンの問いに対する自民党の回答のようなものだろう。国民を裏切った政治家たちに、「ギュゲスの指輪」はもう渡せない。

プラトン Platōn [前427〜前347]古代ギリシャの哲学者。ソクラテスに師事し,遍歴ののち,アカデメイアを創設。知識・倫理・国家・宇宙にわたる諸問題を考察し,イデアことに善のイデアを探求し,学問的認識の方法としてディアレクティケー(弁証法)を唱えた。著「ソクラテスの弁明」「パイドン」「饗宴」「国家」「テアイテトス」「ソピステス」「ティマイオス」「法律」のほか約三〇編の対話編など。