2024年2月17日 5時00分

呼び捨てから「さん」へ

 最初に呼ばれたのは「記者さん」だった。初任地で警察署を担当したころの話である。新人だから名無しでも仕方ないか。めげずに毎日通っていると「朝日さん」になった。どの社の記者なのかが認識されたわけだ。ようやく名前を覚えられると、名字に「ちゃん」がついた▼35年前を思い出したのは、法務省が一昨日、受刑者らの新たな処遇を公表したからだ。刑務所や拘置所などに収容されているすべての人が、4月から「名字+さん」で呼ばれるという。一昨年に発覚した、名古屋刑務所の刑務官による暴行事件を受けた改革の一環だ▼事件後に設置された第三者委員会の調査によると、かつて番号で呼ばれた受刑者は戦後、呼び捨てが多くなった。名古屋刑務所では、職員同士の雑談で「懲役」や「やつら」などと呼んでいたという▼相手をどう呼ぶかとは、その人とどう向き合うかだ。人権を無視した名古屋の職員の態度は「ストレス発散のための動機もあった」という。人間の更生を担う組織の深い闇を見た思いがする▼今回の改革では受刑者が刑務官を「先生」と呼ぶのも改め、「職員さん」や「担当さん」などになる。先生と呼んでいたこと自体が驚きだが、呼び方で上下関係が決まったり、強まったりすることはある▼江戸時代に「様」から転じた「さん」は、「君・ちゃん」と違って性別や年齢に左右されない敬称だ。「先生」と呼び合い、発言者を「君」で指名する国会の方々も、「さん」に統一してはいかがか。