2024年9月23日 5時00分

ハイテク時代のポケベル

 攻撃するときはハイテク、自分の身を守るにはローテクの手段を使うのが効果的だ――。1990年代にイタリアでマフィアの捜査(そうさ)に関わった司法関係者から、そんな話を聞いたことがある。マフィアは爆弾装置で殺害する一方、仲間内(なかまない)では小さな紙片に書いて連絡を取っていた▼古い映画のシーンのようだが、昨年マフィアのボスが逮捕された際も紙片(しへん)が手がかりになった。非対面で受け取り、燃やせば残らない。犯罪組織にとって究極のローテク伝達法は、今も安全な手段のようだ▼紙片の話を思い出したのは、中東レバノンでポケットベルが一斉(いっせい)に爆発した事件があったからだ。イスラム教シーア派組織ヒズボラのメンバーらが携帯しており、翌日にはトランシーバー型の無線機も爆発した。計37人が死亡し、3千人以上が負傷した▼報道によれば、ヒズボラの指導者がスマホの使用を禁じ、ポケベルが配布された。ハイテク機器だとイスラエルに位置を特定されるから、ローテクが安全だと考えたのだろう。イスラエルは関与について沈黙している▼今時の一般人はポケベルを使わなくても、所持者が街を歩けば巻き添え(まきそえ)になる。実際に小さな女の子が、鳴ったポケベルを父親に渡そうとして犠牲になったという▼ローテクをハイテクで爆弾に変えた今回の事件を、古代ギリシャの伝説になぞらえて「現代版トロイの木馬(もくば)」と称した米メディアもあった。テクノロジーは進歩しても変わらない欺瞞(ぎまん)と残虐さに、むなしさを覚える。