2024年9月11日 5時00分

つながらない権利

思えば最初の赴任地でポケベル(無線呼び出し)を渡された35年前から、ずっと「つながる生活」を続けてきた。事件や事故が発生すれば深夜でも呼び出しがあり、現場にかけつけた。日本にいるときは当然だと思っていたが、そうではないと知ったのは海外勤務になってからだ▼東南アジアで現地スタッフを募集(ぼしゅう)した際には、面接でよく逆質問された。「日本企業は長時間労働が多いと聞くが、ここは大丈夫か」。日本で働き方改革が叫ばれる(さけばれる)前のことである。欧州では終業時間と同時に「また明日」が普通だった▼豪州では、自動応答メールが一般的だった。企業や役所の担当者にメールで取材を申し込むと、〈私は現在、休暇中です。×月×日(ばつがつ ばつにち)まで戻りません〉と返事が来る。戻る日付が1カ月先のこともあった▼その豪州(ごうしゅう)で先月、「つながらない権利」を盛り込んだ法律が施行された。労働者は「不当な拒否」でない限り、勤務時間外に上司や顧客から連絡が来ても応答(おうとう)を拒める(こばめる)。不当かどうかは、連絡された理由やそれがもたらす混乱、報酬(ほうしゅう)などで判断する▼現地の知人(ちじん)に聞くと、労働者間でも賛否両論(さんぴりょうろん)のようだ。「部下に拒否させるのではなく、上司の方に連絡させないよう義務づけるべきだ」との声が多いとか。率直な物言いを是(ぜ)とする国でも拒みにくいのだ▼つながらない権利の導入は欧州などでも進む。接触自体を禁じ、違反した場合は罰金を科す国もある。日本でも議論してはどうか。部下拒否型ではなく、上司禁止型を前提として。