2024年9月15日 5時00分
戦後、最初のベストセラー
あの戦争のあと、最初のベストセラーは英会話の本だった。79年前のきょう、終戦の日から1カ月後の1945年9月15日に刊行された『日米会話手帳』である。すさまじい売れ行きだったようだ。何しろ年末までに360万部が売れたというのだから▼なぜ、そんなによく売れたのだろう。戦争に負け、米軍が進駐してくる。英語が話せたほうがいい、との意識が当時の日本国民に広くあっただろうことは分かる。しかし、それだけだったか▼戦時中、英語の使用はタブー化された。野球のストライクが「よし」、ボールが「だめ」となったのは有名だ。いきなり日米会話の本をつくるといっても、と編集者らは頭を悩ませたという。考えついたのは、日中会話の手引書を手本にすることだった▼それは「日本の中国占領のとき役立ったものである」。米歴史学者ジョン・ダワー氏は著書『敗北を抱きしめて』で指摘する。同じ占領でも、今度は日本が占領される側だ。「その皮肉なブラック・ユーモアに、本人たちはまったく気づかなかったらしい」▼いや、ひょっとすると、本を買い求めた人々は薄々、感じていたのかもしれない。日本が中国で何をしたか。朝鮮半島などで、どんな言語政策をとったか。そこから、占領下の自分たちを想像してはいなかったか▼国会図書館で、会話手帳の復刻版を見た。手のひら大で32頁(ページ)。その旧字体の文を読むと、何ともやりきれない気持ちになる。冒頭にはこうある。「有難(ありがと)う サンキュー」