2024年3月17日 5時00分

春を味わう

 タラの芽(め)の天ぷらにウドの酢みそあえ。山菜好きにはうれしい季節だ。山菜採り(さんさいとり)の名人だった石川県穴水町(あなみずまち)の谷口藤子(たにぐち ふじこ)さんは、88歳で亡くなるまで200種類も食べたという。虫が冬から目覚める啓蟄(けいちつ)をすぎた時分に「芽吹きパトロール」を始め、能登の山を歩いた▼山菜で少しやっかいなのは下ごしらえだ。谷口さんは著書『やまんば能登を喰(く)らう』で、あく抜きの方法を丁寧に説明した。この山菜なら塩をひとつまみ入れて熱湯(ねっとう)にくぐらせる。こちらは酢を少し加えて。ゆでたあとで水にさらすものも▼その教えに従って、私は今年もフキノトウでフキみそをつくった。ご飯にのせてよし、おにぎりに入れてよし。香りと一緒にほおばると、大好きな(だいすきな)句が必ず頭に浮かぶ。〈蕗(ふき)の薹(とう)見つけし今日はこれでよし〉▼この句を詠んだ俳人の細見綾子(ほそみ あやこ)さんは、フキノトウが好物(こうぶつ)だったそうだ。庭でひとつだけ見つけて、「今日という日のすべての事がこれでよいと思った」。当時の心境を『武蔵野歳時記(むさしのさいじき)』に書いている。まっすぐで潔い(いさぎよい)▼明治生まれの細見さんは兵庫県の丹波(たんば)出身で、東京で結婚した2年後に夫が腸結核(ちょうけっかく)のため亡くなった。帰郷して3カ月後に母も病死し、自身も病気になった。療養中に主治医(しゅじい)の勧めで俳句を始めたという▼常に自然体で、闇に差すわずかな光を見逃さなかった。〈蕗の薹(ふきのとう)喰べる空気を(たべるくうきを)汚さずに(けがさずに、よごさずに)〉の句もある。生きるとは呼吸をすること、食べることだ。ほろ苦い春の味覚に心が洗われ、力がわいてくる。