上を向いて歩こう

有料記事天声人語 2024年3月31日 5時00分

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 もしも宇宙人がいまの地球を見たら、人類とは何とも不思議な生き物だと思うに違いない。捨てるほどの食料があっても、飢餓に苦しむ人がいる。互いに争い、傷つけあう。さらに言えば、遠くを見る目があるのに、下を向いて歩き、ぶつかりあっている▼目の前の人をよけるより、大事なことってなんですか?――。少し前、近所の駅でそんな標語を見た。「歩きスマホ」による事故は相変わらず絶えないらしい。東京消防庁の管内では、過去5年間に158人が救急搬送されたという。年代別では50代がトップだとか▼中国語では「低頭族」とも呼ばれる。頭を下げ、スマホに見入る人たちを揶揄(やゆ)する言葉だ。かつて皇帝に謁見(えっけん)する際、「三跪九叩頭(さんききゅうこうとう)の礼」を求めた国である。現代の皇帝はスマホなのだとの痛烈な皮肉さえ感じられる▼そもそも不器用な筆者は、歩きスマホをしようにもできない。文字を打ちながら、スイスイと歩く人には脱帽である。どこかに別の目があるのか。はてさて人類は新たな進化をとげたのか。そんな冗談も言いたくなる▼一刻を争って見なければならない画面など、めったにあるまい。なぜスマホを見続けるのか。おそらくそこには、歴々の哲学者たちを悩ませてきた「退屈」という問題があるのだろう▼かの李白は詠んだ。〈頭(こうべ)を挙げて山月を望み、頭を低(た)れて故郷を思う〉。しばしスマホをカバンにしまい、わが町を眺めてみたい。春風やさしく、桜の花も咲き始めている。上を向いて、歩こう。