2024年7月22日 5時00分
蘭奢待(らんじゃたい)と権力
コロナ禍で在宅勤務が続いた4年前、自宅でよくお香をたいた。インドネシア勤務のころにもらったものが、ちょうど大量に残っていた。日本の線香より太くて長いお香が放つ良い香りは、先が見えない不安をずいぶん和らげてくれた▼香りへの興味が出て、歴史を調べた。本間洋子(ほんま ようこ)著『香道(こうどう)の文化史』によると、日本で「香りの文化」が始まったのは6世紀。のちにお香の原料となる香木(こうぼく)が淡路島(あわじしま)に漂着し、住民が知らずにかまどでたいた。遠くまで芳香(ほうこう)が漂ったため、朝廷に献上したという▼最も有名な香木は、奈良の東大寺にある正倉院(しょうそういん)所蔵(しょぞう)の「黄熟香(おうじゅくこう)」だ。3文字の中に「東大寺」が隠された「蘭奢待(らんじゃたい)」の雅名(がめい)で知られ、最上の名香(みょうごう)とされる。足利義政(あしかが よしまさ)、織田信長(おだ のぶなが)、明治天皇が一部を切り取ったと示す付箋(ふせん)が今でも貼られている▼信長が本能寺の変で死去する8年前に起こした「事件」は、歴史ドラマにも登場する。時の天皇から強引に勅許(ちょっきょ)を取り、大仏師(だいぶっし)に蘭奢待(らんじゃたい)を切り取らせた。自らを最高権力者と誇示(こじ)する狙いだったとされる。香りは権力の象徴でもあった▼蘭奢待を見てみたい。そう思っていたら、東京のサントリー美術館で開催中の『徳川美術館展 尾張徳川家の至宝(しほう)』にあった。もとは源頼政が所持したとあり、信長とは関係がなさそうだが、指先ほどの小片(しょうへん)に人だかりができていた▼見ると、今度は匂いを嗅ぎたくなってしまう。香木は主に東南アジア原産だから、どこかで嗅いで(かいで)いるかもしれないと思ってみる。