2024年7月26日 5時00分
パリ五輪開幕
「オリンピックが嫌いだ」。翻訳家の岸本佐知子さんが、たっぷりのユーモアを込め、随筆集『ねにもつタイプ』に書き綴(つづ)っている。いわく、「朝から晩までオリンピックオリンピックとそのことばかりになるから嫌いだ」と▼筆致柔らかく、「メダルの数に固執するから嫌いだ」とも書く。金銀銅のメダルはやめて、どんぐり、煮干し、セミの抜け殻にしたらと提案している。「メダルを取らなかった選手と種目は最初から存在しなかったことになるのが嫌いだ。国別なのも嫌いだ」▼岸本さんの気持ちは半分ぐらい、分かる気がする。世の中がどっと一つの話題に覆われるのは、私も落ち着かない。パリ五輪で、日本は20の金メダルを目指すというが、大事なのは数ではあるまい。国別対抗の意識も煽(あお)るようで、心配だ▼胸を打たれるのは、一人ひとりの選手の活躍である。過剰な商業主義が、そんなスポーツの魅力を陰らせていないか。選手たちへの配慮でなく、テレビ放送の都合で競技時間が決まるのでは、本末転倒も甚だしい▼でも、それでも、私は五輪が嫌いではない。なぜなら、その理念に共感をするからだ。戦争を否定し、平和を希求する。多様性を重んじ、差別を排し、人権を尊ぶ。目の前の現実とかけ離れているからこそ、崇高なる意義にこだわり、大切にしたい▼さて今宵(こよい)、セーヌ川の開会式に、私たちは何を見るのだろうか。岸本さんは書いている。「閉会式と開会式だけちょっと好きだ。あとはぜんぶ嫌いだ」