2024年7月15日 5時00分
トランプ氏、銃撃される
鏡を前にして、若い男がひとり、つぶやく。「俺に用か」。不気味な笑顔を浮かべながら、さらに4度、「俺に言っているのか」と繰り返し、拳銃を素早く取り出すしぐさをする。1976年の米映画『タクシードライバー』の印象的な場面である▼主演ロバート・デニーロが演じるベトナム帰還兵は、銃を手に、要人の暗殺を企てる。そこに描かれた孤独と狂気は当時、多くの若者に影響を与えたとされる。5年後の81年、レーガン大統領を狙った暗殺未遂事件が起きる。銃撃犯はこの映画の熱烈なファンだった▼英単語の「イコライザー」は「平等をもたらすもの」と訳されるが、皮肉なことに銃の意味も重ね持つ。誰でも、誰に対しても、銃を向けることができる。米国には、そんな武装社会の闇がある▼これまで幾度となく、政治家らが襲われてきた。悲劇は尽きない。トランプ氏が演説中に撃たれた。事件の背景は不明だが、大統領選への影響は避けられまい。星条旗がはためく青い空に、負傷した前大統領は拳を突き上げた▼民主主義の傷みが、心配である。3年前には議会議事堂への襲撃という、信じられぬ事件も起きている。これを煽(あお)るような言動をとってきたのが、トランプ氏ではなかったか▼「暴力の最大の弱点は、負の連鎖を生み、破壊されるものの悪い面を増幅することだ。暴力で悪は繁殖する」。凶弾に倒れたキング牧師の箴言(しんげん)が胸を突く。米国の混迷の闇は、世界をどれだけ揺るがすのか。慨嘆に堪えない。