2024年7月12日 5時00分
真摯に向き合う
すくった水が、細い指からこぼれ落ちていく。失われた命であるかのように、その水滴をじっと見つめる少女。周囲にはうつろな表情で地面を這(は)い、腕を包帯でつるした少女らも。「喜屋武(きゃん)岬」と題された絵に、心が揺さぶられた▼「原爆の図」で知られる画家夫妻の丸木位里(いり)と俊(とし)は1980年代、この絵を含め14点の「沖縄戦の図」を描いた。日本軍による住民虐殺や「集団自決」など、地獄のような描写に圧倒される。位里は広島、俊は北海道の出身で、沖縄を訪れたのは晩年に近かった▼いわば「よそ者」の2人が描いた沖縄戦の作品が、なぜこれほど胸に響くのだろう。夫妻の制作過程をたどったドキュメンタリー映画を見て、河邑厚徳監督の手記を読み、理由がわかった気がした。徹底的に証言や資料を集め、5年をかけて完成させたという▼冒頭の絵は、ひめゆり学徒隊の生存者たちが岬へ同行し、逃げ惑った当時の様子を再現したそうだ。虐殺の現場などへも足を運び、体験者の声に耳を傾けた。苦しみや痛みと真摯(しんし)に向き合ったのだ。映画で思い出を語る協力者らの表情は明るかった▼今回の米兵による性暴行事件で、政府の姿勢は対照的だ。沖縄の痛みと向き合うどころか、相次いだ事件を県に伝えもしなかった。木で鼻をくくったような対応も、よそ者のようではないか▼苦しみを強い、基地を押しつけ揚げ句の果てにこの対応とは。沖縄に寄り添おうとする心も、痛みに思いをはせる想像力も決定的に欠けている。