2024年7月7日 5時00分

1万2千年後の北極星

 小さな星座早見盤は私の宝物だった。円盤をぐるりと回して日付と時刻の目盛りをあわせれば、楕円(だえん)の枠の中に星の数々が浮かぶ。その姿を目に焼き付けて夜、天を仰ぐ。星の名の不思議な響きをひとり口ずさんでは、幼い胸を躍らせた▼いまはスマホのアプリがあるそうだ。先日初めて使ってみた。画面に導かれて東の空を探す。あ、あんなところに。くすんだ天球にぽつりと光る1等星は、こと座のベガ(織姫)だ。都心では見えないものと諦めきっていた▼目を転ずれば、影となったマンションの上に、わし座のアルタイル(彦〈ひこ〉星)も瞬いている。しばし立ち尽くした。自分をよく知る旧友らと久しぶりに出会った時のような気持ち。こちらが気づかぬ間も、かなたで輝いていたのだろう。〈真砂(まさご)なす数なき星の其(そ)の中に吾(われ)に向ひて光る星あり〉子規▼ベガまでの距離は25光年。記者として歩き始めて間もないころに星を離れた光を、老いた目でつかまえる。途方もない広がりをもち、神秘にあふれる星空も、だが不変ではない▼地球の自転軸は長い時間をかけて、コマのように首を振る。軸先が指す天球の位置は少しずつ移動しており、いまから約1万2千年後には、ベガが「北極星」になるそうだ▼きょうは七夕。年に1度の逢瀬(おうせ)でこと足れりとしていると、他の仲間と一緒にベガの周りを回るだけになってしまうぞ、とアルタイルに伝えてやらねば。星を見上げて、想像をふくらませる。それだけで愉快な気分になってくる。