2024年7月5日 5時00分
中国人の名前の読み方
世界中で、日本の人だけが理解できないジョークだね――。もう20年以上も昔の話だが、知り合いの米国人記者に言われたことがある。中国の国家主席になる間際の胡錦濤氏についての言葉遊びに、多くの日本人が首を傾げた(かしげた)からだった▼「フー・イズ・フー(胡って誰?)」。胡氏の知名度の低さを、米メディアはそう揶揄(やゆ)した。中国でも、他の大半の国でも、彼の名は「フー・チンタオ」である。「こ・きんとう」と呼ぶのは、日本だけなのだと改めて痛感した▼人は誰でも、その本来の呼び名が尊重(そんちょう)されるべきだろう。朝日新聞など一部の日本メディアは、中国要人(ちゅうがくようじん)の名に現地読みのルビを振っている。ただ、中国語の発音は難しく、カタカナの表記は悩ましい。すべてにルビ振りをしているわけではない▼遡れば(さかのぼれば)40年前のきのう、当時の安倍晋太郎外相は、中国人や韓国人の名を現地の発音で呼ぶようにと外務省に指示している。韓国はすぐに変わったが、中国は実現が難しく、特別扱いが続いている▼事情は中国側も同じだ。かの地では岸田首相もアンティエン首相と呼ばれる。同じ漢字文化でつながる日中関係の複雑さを示す話なのかもしれない▼ときには、その人、その名前に敬意を表し、現地読みもぜひ伝えたいと思うことがある。蘇州(そしゅう)の日本人学校の送迎(そうげい)バスが、刃物を持った男に襲われた。子どもらを守ろうとした中国人が刺され、亡くなった。彼女の名は、胡友平さん。中国語の読みは「フー・ヨウピン」である。
発表や中国国営新華社通信などによると、胡さんは送迎バスに乗務していた24日午後、バスを待っていた日本人の母子を男が襲撃した際、男を引っ張って止めようとし、さらに後ろから抱きかかえて制止を試みた。この際に男に数カ所を刺された。病院に搬送されたが、回復せずに26日に亡くなったという。
新華社は、胡さんが男を止めている際に、けがをした日本人母子は身をかわすことができたと報じている。母子の命に別条はないとされる。胡さんの行為がなければ、男がバスに乗り込むなどしてさらに被害が広がった可能性もあるとみられている。
胡さんの死去を受けて北京の在中国日本大使館は半旗を掲げて哀悼の意を表した。金杉憲治大使は報道陣に「胡氏の勇気ある行動に改めて深い敬意を表するとともに、心からのお悔やみを申し上げます」と話した。
蘇州市は胡さんに「勇気を持って正しい行いをした模範」の称号を贈ると決め、中国の主要メディアもこぞって報道している。ただ、中国側の報道は、犯行が日本人を標的としたものではない「偶発的(ぐうはつてき)な事件」だったと強調するねらいも目立つ。男の動機は依然、明らかになっていない。(北京=斎藤徳彦(さいとう とくひこ))