2023年4月27日 月着陸、ならず
「鷲(イーグル)は舞い降りた」。人類初の月着陸をなしとげると、アポロ11号のアームストロング船長は無線で告げた。イーグルは着陸船(ちゃくりくせん)の名である。じつに静かな着地(ちゃくち)だった、と伝記『ファースト・マン』(ジェイムズ・ハンセン著)にある▼宇宙探査に気楽な道のりなどあるはずもないが、それにしても綱渡り(つなわたり)だったらしい。目的地(もくてきち)は岩がごろごろしていた。別の場所を探して飛び続けると、燃料がみるみる減っていく。なくなれば月から戻れない。警告ランプが灯(とも)り、燃料切れまで残り30秒――というタイミングだった▼同じように燃料切れの危機に見舞われて、こちらは残念な結果となった。日本の宇宙ベンチャー「ispace(アイスペース)」による月着陸の挑戦である。月面(つきめん)を目前にしながら、降下中(こうかちゅう)の逆噴射が十分できずに落ちたらしい。綱を渡りきるまで、あとちょっと。なんとも惜しい(おしい)▼関係した方々の落胆はさぞや大きかろう、ときのうの会見をのぞき見て、意表を突かれた[1]。袴田武史(はかまだ たけし、1979年 - )代表は「着陸までのデータを獲得できた。次へ向けた大きな大きな一歩だ」と、じつに前向きであった▼宇宙開発をめぐり、国家が威信をかけて競争(きょうそう)を繰り広げる。そんな時代から、民間企業も夢と資金を持ち寄って参入する時代へ。新しい歴史の始まりなのだろう▼『宝島(たからじま)』の作家、スティーブンソンは「われわれの目的は成功ではなく、失敗に弛まず(ゆるまず)進むことである」と言った。はるか遠くにゴールを見据えた言葉だろう。夢も、宇宙も果てしない(endless ; 〖際限のない〗unlimited)。
[1] 「意表を突かれた」とは、予期しない展開や事態に遭遇し、驚きや困惑を感じることを意味します。予想していなかったことが起こった場合に使われる表現で、意表を突かれることで、自分の思い通りにならないことに対する不安や苛立ち、あるいは喜びや感動など、様々な感情を抱くことがあります。
日本の宇宙ベンチャーispace(アイスペース) は25日、民間初の月面着陸を試みた探査機との通信が予定時間を過ぎても確立できておらず、失敗した可能性があると発表した。東京で撮影(2023年 ロイター/Kim Kyung-Hoon)
東京 26日 ロイター - 日本の宇宙ベンチャーispace(アイスペース)が26日未明に民間企業として初めて挑んだ(いどんだ)月面着陸は失敗した。昨年12月の打ち上げから約4カ月、着陸態勢に入りながらも最後は燃料が切れ、自由落下して月面に衝突したと同社はみている。
アイスペースは26日朝、月面着陸を「達成することができないと判断した」と発表した。着陸船が月面に対して垂直(すいちょく)になったことは確認したが、予定時刻を過ぎても着陸を示すデータを取得(しゅとく)できなかった。燃料の推定残量がなくなった上、落下速度がデータ上で加速、通信が途絶えたため、「最終的に月面へハードランディングした可能性が高い」としている。
袴田武史・最高経営責任者(CEO)は26日午前に会見し、「着陸する直前までデータを獲得できたことは大きな達成と考えている」とした上で、次回以降のミッションに向けて「着陸の成熟度を上げる作業ができる」と語った。高度の計測(けいそく)に何らかの問題があったことが原因の一つとみている。
着陸船は月面から90メートルの地点まで接近した後、日本時間26日午前1時40分ごろ自律着陸(じりつちゃくりく)する予定だった。宇宙航空研究開発機構(JAXA)とタカラトミー、ソニーグループ、同志社大学が共同開発した超小型自走ロボットや日本特殊陶業5334.Tの固体電池など7つの荷物を積み、安定した通信と電力供給を確立するとともに、搭載機器の運用能力を実証(じっしょう)する計画だった。
着陸後のデータ送信を条件に、一部取引先から最大約1億0600万円の売り上げが入る予定だったが、計上できない可能性がある。2024年3月期の業績予想への影響は軽微(けいび)だという。月面着陸を達成できなかったことで、保険金を受け取る可能性がある。
同社は今月12日に東京株式市場へ上場したばかり。今回の結果を受けて同社株は朝から売り気配が続いている。約2週間で2倍超上昇してきたため、一転して利益確定の売りが出ている。袴田CEOは 「非常に大きな期待をもらっていた。ミッション2、3をしっかり実行して事業性をしっかり築いていくことが何より重要と考えている」と述べた。
今回は同社の月探査計画「HAKUTO-R」の初回(しょかい)ミッションだった。着陸船は昨年12月、米民間企業スペースXのロケットで米フロリダ州から打ち上げられ、今年3月に月を周回(しゅうかい)する軌道に入っていた。24年に予定する2回目は月面探査車の走行性などを検証し、25年の3回目は米航空宇宙局(NASA)の有人月探査計画「アルテミス」にも関わる計画にしている。
会見に同席した野崎順平(のざき じゅんぺい)・最高財務責任者(CFO)は資金繰り(しきんぐり)への影響を問われ、2回目、3回目のミッションは上場時に調達した資金と売り上げで賄える(まかなえる)との見通しを示した。追加の投資や研究開発には、新たな資金調達が必要になるとした。