2023年10月6日 5時00分
アトの世界、ナノの世界
仏教はときに、とてつもない時間の物差し(ものさし)を持ち出して教えを説く。40里四方(しほう)の大きな石があった。そこへ100年に1度天人(てんじん)がやってきて、薄い衣(うすいころも)でひとなですると去っていく。石が消えるまで、その摩擦(まさつ)を繰り返しても終わらぬ時間を「劫(こう)」と呼ぶ▼仏の教えに従って悟りを開けば、未来「永劫(えいごう)」の安楽を得られる、という時の長さにはため息が出る。あまりの長さに嫌気(いやき)がさすと「億劫(おっくう)」になる▼短い方で知られる単位は「刹那(せつな)」だろうか。曹洞宗(そうとうしゅう)の開祖・道元は、トイレで用を足す前には指を3度鳴らせと『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』に書いている。弾指という。一説によれば、音の鳴る瞬間をさらに65等分したのが1刹那だという▼見たこともない世界をとらえようとする人間の想像力には驚くばかりだ。だが、それを目に見えるようにした技術力には、さらに驚く。今年のノーベル物理学賞は、分子や原子内の「アト秒」単位の変化をとらえることに貢献した3人に贈られることになった▼100(10の16乗)の1秒の世界のことだと言われても、縁なき衆生には理解しがたし。呆然(ぼうぜん)としていたら、化学賞は「ナノメートル」単位の粒子をつくる道を開いた3人へ決まった。ナノは10億分の1。こちらは、やや耳になじみがある▼どちらも、がんの診断や次世代の太陽電池などに役立つとされているが、あまり現世的に考えすぎるのもかえって夢がなかろう。どこまでも小さい世界。どこまでも先の未来。追い求めることに人間の本性(ほんしょう)はある。