2023年12月15日 5時00分
都合の良い派閥
文相や法相(ほうしょう)を歴任し、103歳で亡くなった奥野誠亮(おくの せいすけ/せいりょう) は40年間、自民党で無派閥(むはばつ)を通した。それでも回顧録(かいころく)では「派閥に入っていたら、ポストの世話もしてくれるし、仕事の応援もしてくれるし、実際都合がいい」と語っている(『派に頼らず、義を忘れず』)▼では、なぜ入らなかったのか。理由は1963年の初出馬(はつしゅつば)直前に出た「三木答申(みきとうしん)」だ。安保闘争(あんぽとうそう)を機に勢いを増した野党を警戒し、当時の池田勇人(いけだ はやと)首相が三木武夫にまとめさせた。最優先としたのが「派閥の無条件解消」だった▼新人の奥野は従ったが、各派の領袖(りょうしゅう)らの間で大議論になった。「ないと総裁が独裁的になる」が反対派の表向きの言い分(いいぶん)だが、カネ集めと権力の維持に不可欠だったからだ。結局はみな解散を決めたものの、派閥解消をめぐっても派閥の争いになるのが、自民党たるゆえんか▼政治資金をめぐる疑惑で、また派閥が問題になっている。きのうは安倍派の4閣僚が辞任し、他派や無派閥の議員が後任に起用された。派閥から「しゃべるな」と指示された、と明かした副大臣も▼政治とカネの疑惑に関わっている以上、派閥に問題があるのは確かだ。だが、60年前はどれも解散したふりで、間もなく復活している。「派閥解消は大流行だが、春先ともなればタケノコも出てくるさ」。そう言い放った領袖(りょうしゅう)もいたという▼派閥や派閥色を消すことで、問題が解決したかのように見せる。嵐が過ぎれば、同じことを繰り返す。そんなのはもう、たくさんだ。