2023年11月16日 5時00分

タカラヅカとタテ社会

 私たちは序列の意識なしには席に着くこともできないし、しゃべることもできない――。社会人類学者の中根千枝(なかね ちえ)さんは、名著『タテ社会の人間関係』にそう書いた。1967年に出た同書は、先輩後輩といったタテの原理が根強い日本社会の歪み(ゆがみ)を、鋭く指摘する▼あれからゆうに半世紀以上。いまだにその論考が色褪せる(いろあせる)ことなく感じるのはなぜだろう。宝塚歌劇団の劇団員だった25歳の女性が、自殺とみられる死をとげた問題である▼遺族は、先輩からヘアアイロン(整髪に用いる鏝(こて))を押しつけられるなどのパワハラを受けた、と訴えている。ところが、歌劇団はおととい、調査報告書を公表し、ハラスメントは確認できなかったとした▼記者会見を聞いて、首を傾げた(かしげた)。女性は先輩から指導や叱責(しっせき)を受けるなか、くり返し「ウソをついていないか」と問われ、心理的に追い詰められていったという。「ウソつき野郎」と言われたとも周囲に話していた。歌劇団はそれらを承知しながら、パワハラは認めなかった▼宝塚はトップスターを頂点とする、厳しい上下関係の序列組織である。数年前まで宝塚音楽学校には、先輩の前では定められた表情や言葉しか許されないとの不文律(ふぶんりつ)もあったそうだ。伝統の美名に隠れた閉鎖的なタテ社会が、卑劣ないじめを生んではいなかったか▼タカラジェンヌの華やかな舞台がいかに素晴らしくとも、その裏で理不尽な苦しみに耐え、涙を流している人がいるのだと思えば、楽しめない。そんな宝塚は見たくない。