2023年11月4日 5時00分
100年前の日常
氷が張った湖(こ、みずうみ)でスケートに興じる(きょうじる)人々。鉄棒にぶら下がって燥ぐ(はしゃぐ)男の子。京都の「おもちゃ映画ミュージアム」で上映された『9 1/2mm』を見た。日本を含む14カ国の古いアマチュア映像をつないだ作品だ。映画(えいが)の保存に取り組む欧州の非営利団体が製作した▼主に戦前の日常なのだが、不思議な感情に包まれた(つつまれた)。懐かしくて、少し寂しいような。どれも1920年代からフランスのパテ社が販売した9・5ミリフィルムで撮られた(とられた)。小さくて軽いカメラや映写機(えいしゃき)はパテベビーと呼ばれた▼個人で撮影から現像、映写ができ、世界中で人気を呼んだ。日本には100年前に輸入され、専門誌も発行された。「本国に引けを取らぬほど大流行した」(福島可奈子(ふくしま かなこ)『混淆〈こんこう〉する戦前の映像文化』)という▼かなりの高額で、富裕層(ふゆうそう)を中心に広がった。当時の東京朝日新聞に載った広告には「秋晴れの朝心地よく撮影して/その晩すぐ御宅で映写の出来る」とある。母親が子どもを撮り、父親が映すイラスト付きだ▼戦時色が濃くなると、金持ちの道楽だと糾弾された。雑誌も廃刊になり、表舞台から姿を消す。京都の上映会を開いた太田米男(おおだ よねお)さん(74)は「戦前には暗い印象があるが、映像の人々は明るい。そんな小さな真実を伝えるためにも、フィルムを探し続けたい」と話す▼パテベビーはいまにつながる日常の記録の原点だ。この連休中、景色や行事へスマホを向けるときは、少し意識してみようか。100年後の人々に伝わる映像として。