2023年11月2日 5時00分
クマと人間
9歳のタマは優しい性格で、クマが歩いた経路をたどるのがうまい。娘のレラは5歳。周辺にいるクマを素早く見つける。どちらも「ベアドッグ」と呼ばれるクマ対策犬として長野県軽井沢町(かるいざわちょう)で活躍する。町ではこの13年間、人の生活域での人身被害がない▼タマたち4匹のベアドッグを飼育・訓練するのはNPO法人ピッキオだ。田中純平(たなか じゅんぺい)さん(49)によると、クマの食物が減る夏は親離れの時期とも重なる。若いクマが山で強いクマを避けてえさを探すうち、人里(ひとざと)に入ってしまう▼深夜から早朝に歩いて監視し、クマがいればベアドッグの出番だ。大声(おおこえ)でほえて一気に山へ追い返す。「人間も怖いとクマに覚えさせるため、私も一緒に大声を出します」と田中さん▼全国で人への被害が相次ぐ。環境省の速報値(そくほうち)では、今年度(こんねんど)の人身被害は先月末時点で180人。最悪だった20年度をすでに上回った。住宅地に出没(しゅつぼつ)する状況をベアドッグが解決できないか。田中さんに尋ねると、「簡単ではない」と即答された▼20年続けてきたピッキオも失敗と模索(もさく)の連続だったそうだ。飼育や訓練は根気がいる仕事で、予算や人材、覚悟も必要だ。現在は6人で担当し、予算の半分は町からの委託費を充てる。残りは収益でまかなうため、冬眠中は2人が別の業務へ移るという▼クマを人里に来させない方法は土地により異なる。それを解くカギは地域を熟知した人や組織にあるはずだ。「駆除(くじょ)するだけでは解決しない」。田中さんの言葉が重く響く。