2023年11月18日 5時00分

子守唄の記憶

 遠い日の淡い記憶がある。祖母が口ずさむ歌が流れていた。いま思えば、イタリアの「フニクリ・フニクラ」のような旋律だったかもしれない。タン、タタン。リズミカルな曲だった。自宅の庭か、畑か。祖母は草むしりをしながら、歌っていた▼「たぶん、幼い私はそのときに、歌は心地よいものだと知った気がします」。『世界子守唄紀行』の著書がある立命館大学教授、鵜野祐介さん(62)は穏やかな口調で、そう言った▼なぜ、人は子守唄を歌うのか――。鵜野さんは世界各地をめぐりながら、そんな問いを考えてきた。もちろん、子どもを寝かしつける歌なのだが、果たしてそれだけだろうかと▼実際に子守唄といっても、「竹田の子守唄」やシューベルトの〈ねむれ ねむれ 母の胸に〉のような、郷愁を誘う曲ばかりではない。アフリカには、激しく太鼓を打ち鳴らす子守唄があるし、いくつかの国では子どもを怖がらせる歌詞もあるそうだ▼気づいたのは、子守唄が弔いの歌と似ていることだった。他界した親しい人に歌うのも、幼き子に歌うのも、返事をしない魂に向け、思いを届けようとする行為にほかならない。それは無意識であれ、歌い手の心も癒やしている▼ひょっとすると、まどろみのなかで耳にした遠い調べは、かけがえのないメロディーであったのかもしれない。鵜野さんは言う。「へこたれそうなとき、人を支えてくれる力が、子守唄にはあるのでしょう」。あなたの記憶にある最初の歌は、何ですか。