2023年6月5日 5時00分
陸前高田市での植樹祭(しょくじゅさい)
画家(がか)・池田学(いけだ まなぶ〉さんの大作(だいさく)「誕生」は不思議な作品だ。波を受けた大樹(だいき)が満開の花を咲かせている、と遠目(とおめ)には見える。でもそれが、細いペン先で描かれた無数の事物(じぶつ)の集合体であることに、目をこらすと気づく▼三陸鉄道の車両、除染土(じょせんつち)の入ったフレコンバッグ(Flexible Container)、祈りの手……。東日本大震災のモチーフがこれでもか、と描き込まれている。完成に約3年を費やした。「災害で傾いだ(かしいだ)巨木(きょもく)がそれでも根を張り蘇生(そせい)していく」さまに、池田さんは未来への希望を込めた▼蘇生するのは樹木(じゅもく)だけではない。被災者の心や街の姿も、である。新たな暮らしに根を張り、光の方へ向かってゆく。きのうの小さな苗木(なえぎ)は、その誓いにも見えた。岩手県陸前高田市(たかだし)で開かれた植樹祭(しょくじゅさい)である。天皇、皇后両陛下も出席し、県の木である南部アカマツなどが植えられた▼会場のわきに「奇跡の一本松」があった。あの年、孤高(ここう)の姿にどれほど多くの人が励まされたことか。震災モニュメントとなった足もとでは、4万本のマツの幼木(ようぼく)がいま育っている▼地元のNPO法人「高田松原を守る会」やボランティアの手で植えられ、理事長の鈴木善久( すずき よしひさ)さん(78)の背丈(せたけ)を越えるほどになった。それでもかつての白砂青松(はくしゃせいしょう)の光景を取り戻すには、50年ほどかかるという▼「50年後に風になって空を吹き渡りながら、復興した松原を見たいんだよ」。鈴木さんは夢を語った。私もこの世にはいまい。こちらは鳥にでもなって見学させていただこう。風に乗って、ともに。
- 池田学(いけだ まなぶ、1973年〈昭和48年〉10月28日生)
池田学は1973年佐賀県生まれ。98年東京藝術大学美術学部デザイン学科卒業後、2000年同大学院修士課程修了。日本、カナダ、アメリカなどを拠点に、丸ペンとカラーインクによって様々なサイズの綿密画を超絶技巧的に描き出してきた。
池田が初めて日本をテーマに描いた《興亡史》(2006)では、趣味のロッククライミングから着想を得たという多彩な形状の城や壁の傾斜、桜、そして人々の姿などが縦横無尽に積み重なり、1枚の絵に過去から現在までの複数のタイムラインが共存。その中には、制作期間中に生じた作家の身の回りの出来事も描かれている。《山と雲》(2010)や《Bait》(2010)では、出身地・佐賀で幼少期に体験した自然との邂逅を反映するなど、過去、歴史、日常、異国での旅などが作品のモチーフとなってきた。
- 陸前高田市の広田湾に立つ「奇跡の一本松」
- 2023-06-04-天皇皇后